私の部屋は、マンションの角部屋で、玄関を出ると、すぐ右手に非常用の階段が設けられていた。
非常階段は周りを小さく穴が空いた鉄板で囲われており、周囲の建物や他の階層から覗かれる心配もない。
また、段差も急なので、マンションの住人でも、普段使う人はいなかった。
私は念のため非常用階段の扉を開けて、利用している人がいないかを確認すると、案の定、足音1つしなかった。
私は部屋の中に戻り、リビングにいる小坂さんに声をかける。
山口「玄関出たとこにある非常階段ちょっと登ってみてくれない?」
小坂「えっ!?嫌だよ。この格好で外出るなんて…」
山口「いや、非常階段なら、誰にも見られないからさ。大丈夫だって。」
小坂「えー……。もし万一誰か来たらどうするの?」
山口「いや、来ないから。ここに住んで長いけど、今まで使ってる人見たことないし。」
小坂「いや、今日急に火災とか起きたら大変じゃん。」
山口「そんな天文学的な確率(笑)」
小坂「そうそう。それが今日起こらないとは限らないし。」
山口「その時はすぐに部屋に戻れば大丈夫だって。」
小坂「えー。何か心配だなぁ。」
山口「絶対大丈夫だから!これも、仕事と思ってさ。」
小坂「う~ん。じゃあ、一回だけだからね?」
山口「うん。あ、あとさ。山さんが階段登ってるところ、下から撮影させて。」
小坂「は!?いや、それはダメ。流出したら大変だし。」
山口「いや、流出しないように、スマホじゃなくて、デジカメで撮るから。それに顔は絶対写さないよ。」
小坂「いや、そういう問題じゃ……」
山口「じゃあ、追加でモデル代払う。」
小坂「えー……。」
先程から小坂さんは、色々渋っているが、私も譲らなかった。
しばらく小坂さんは考えこんでいる。
小坂「じゃあ、撮ってどうするのよ。」
山口「俺の願望が叶った記念と、まぁ、あとは、それをおかずに。」
小坂「ほらねー。当然そうなるじゃん。」
山口「ダメ?いや、もう、おかずには、何回もさせてもらってるけど。」
小坂「それとこれとは……」
山口「お願いっ!これから先の思い出代わりに!絶対誰にも見られないように、SDも新品のやつ使うし、厳重に保管するからさ。」
小坂「う~ん。じゃあ、一つだけ条件。」
山口「なに?」
小坂「中尾が帰ってきたら、記録してあるSD私に返して。」
山口「分かった!」
小坂「はぁ、しょうがないなぁ。」
山口「ちょっとカメラ準備するから。」
小坂「はいはい。」
私は、寝室の棚からカメラを出して、新品のSDカードをデジカメにセットした。
山口「はい、確認して。」
私は小坂さんにデジカメを渡して、中に何も記録されていないことを確かめてもらう。
小坂「…………はい。」
何も記録されていないことを確認すると、小坂さんは私にデジカメを戻した。
山口「じゃあ、行こうか。」
小坂「気が乗らないなぁ。」
小坂さんは、渋々私の後についてくる。
小坂「サンダルでいいよね。流石に靴はなかったし。」
山口「あ、ちょっと待って。」
私は靴箱から新品の革靴を出した。
山口「はい、俺のまだ使ってない革靴。ちょっとサイズ大きいかもしれないけど。」
小坂「そこまでやるの?(笑)」
山口「やっぱり、やるからには雰囲気は大事だから。靴下も新品あるよ。」
私は寝室に行き、新品の紺色のソックスを出して、玄関にいる小坂さんに渡した。
山口「これも新品だから。」
小坂「こだわりすぎ(笑)」
山口「性格的に突き詰めるタイプなんで(笑)」
小坂「ホント、呆れたお客さん。」
小坂さんは、玄関の段差に腰掛けると、私の手渡したソックスを履いた。
私は玄関のドアを開けて、廊下に誰もいないのを確かめる。
山口「よし、今がチャンス!」
私は、玄関の内側にいる小坂さんに声をかけた。
小坂さんは、私の革靴を履くと、外を伺うようにして、廊下に出てくると、すぐに非常階段の方へ走ってうつった。
私も、玄関の扉を閉じると、非常階段に移り、鉄製の扉を閉める。
扉を閉めると、少し暗くなるが、上は吹き抜けになっていたので、十分な明るさだった。
山口「じゃあ、ゆっくり一段ずつお願いします。」
小坂さんは諦めたようなため息をつくと、覚悟を決めたようにして、階段の一段目を踏み出したのであった。
※元投稿はこちら >>