私は、てっきり中尾が出産を決意してくれたものだと思っていた。
しかし、それは私の思い上がりの勘違いだった。
妊娠が分かった翌週、家に帰るとリビングに手紙が置いてあった。
手紙を開いて内容を読んだ瞬間、私は床に崩れ落ちた。
『ごめんなさい。真剣に考えたけど、やっぱり子供は産めません。山口の気持ちは嬉しいけど、自分には自信がありません。本当にごめんなさい。暫く1人になりたいので、ここは出ていきます。残りの荷物は時間ある時に取りにきます。美起』
頭が真っ白になった。
美起の携帯に電話をしても、電源が入っていなかった。
美起の会社に電話をすると、1ヶ月休暇を申請して、今週から休んでいたようである。
正直、どうしていいか分からず、気付いたら小坂さんに電話をしていた。
小坂「もしもーし?」
山口「あ、もしもし。山口です。」
小坂「うん、どうしたの?」
山口「美起が………手紙残して出ていっちゃった。」
小坂「え!?…………ちょ、ちょっと待ってね。」
電話口の向こうから部屋を移動する音がした。
小坂「ごめん、場所変えた。手紙は何て書いてあるの?」
山口「何か、子供は産めないって、暫く1人になりたいから、出ていくって、書いてある。」
パニックになりながらも、努めて冷静を装い、手紙の内容を伝えた。
小坂「………そうなんだ……。あれ、今家?」
山口「うん。」
小坂「ちょっと、主人もうすぐ帰ってくるから、主人帰り次第そっち行っていい?」
山口「……うん。」
小坂「とりあえず、冷静にね。」
山口「うん。」
小坂「じゃあ、また後で。」
そう言いながら、小坂さんとの通話が途切れた。
私はソファーに腰かけて状況を整理する。
美起は、子供は産まない決断をした。
そして、自分の元から出ていってしまった。
どうして、1人で決めてしまったんだろう?
堕ろすと言ったら自分が反対するから?
いや、話すらせずに、そう決めてしまったなら、結局、私達の関係なんて、そんなもんだったのだろうか?
それとも、自分が気付かないうちに、彼女にプレッシャーをかけてしまった?
色々考えていると訳が分からなくなってきた。
どれくらいの時間が過ぎたのか、もう、そんな感覚すらなくなっていた。
ピンポーン
インターホン音が部屋に鳴り響いた。
全身力が抜けた状態で、玄関が遠く感じる。
ピンポーン
またインターホンの音がなる。
ようやく、玄関ドアの前にたどり着き、ドアを開けた。
ドアの前には、小坂さんが立っていた。
彼女から表情も、やはり焦りが見えていた。
小坂「大丈夫!?」
山口「うん。何とか。」
小坂「上がってもいい?」
山口「どうぞ。」
そう言いながら、小坂さんを部屋の中に招き入れると、私は玄関ドアをゆっくりと閉じた。
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