夜の8時を過ぎた頃、私の携帯に、小坂さんからの着信が来た。
山口「もしもし。」
小坂「あ、着きました。」
山口「分かりました。すぐ行きます。」
私は帰り支度を整えると、夕方勤務のクルーに挨拶をしてから店を出た。
小坂さんの車は駐車場に入らずに、店の面した通りに停車していた。
小坂「お疲れ様でした。」
山口「ありがとうございます。駐車場入らないんだね。」
小坂「いや、他のバイトの人とかに見られても、ねぇ?」
山口「確かに(笑)」
小坂さんは、車を発進させると、駅に向かって走り出した。
小坂「しかし、何日洗濯物溜めてたのよ。一人にしては、かなりの量あったよ?」
山口「最後に洗濯したの、いつだろ。先週の金曜日かな?」
小坂「5日分かぁ。一人だから、毎日しろ、とは言わないけど、3日に一度は洗った方がいいよ。」
山口「すいません。」
小坂「やれやれ。家族以外の人の家事やってあげるなんて思ってもみなかったわ。」
山口「感謝してます。ケガ治したら必ず埋め合わせします。」
小坂「高いよー。」
山口「あ、昨日の事故で財布が寂しくなってるんで、時間下さい。」
小坂「はいはい(笑)期待せずに待ちます。」
店から駅までは、車で10分から15分程度の距離だったので、車内で会話をしていたら、気付いた時には駅前にある私のマンションに到着している。
車では近いが徒歩だと倍以上かかってしまうので、やはり現実的ではなかった。
小坂「はい、到着しました。」
小坂さんが部屋の鍵を渡しながら、口を開いた。
山口「ありがとうございます。あの、お願いがあるんですけど。」
小坂「明日以降の送り迎えでしょ?」
山口「あ、はい。」
小坂「出勤の日は、ちゃんと送り迎えしてあげるから心配しないで。」
山口「ありがとうございます。」
小坂「じゃあ、私帰るね。主人が子供見てくれてるから。」
山口「すみませんでした。」
小坂「カレー温め直して食べてね。野菜スープも作ってあるから。」
山口「ありがとうございます。」
小坂「じゃあ、明日も8時くらいに迎えにきます。」
山口「分かりました。」
私は、小坂さんの車から降車し、彼女の車が駐車場から出ていくのを見送ると、部屋へと戻った。
部屋の中に入ると、部屋は見違えるくらいに片付けられていた。
私はカレーとスープをよそい、一人で食べていると、吉本からの着信が入る。
山口「もしもし。」
吉本「事故、大丈夫だったのか?」
山口「え?誰から聞いた?」
吉本「中尾。山さんから、中尾に連絡来たみたいでさ。それで俺にも連絡来た。」
山口「そっか。中尾は俺には連絡しないのに、よしには連絡するんだ。」
吉本「あ、いや……、心配してたけど、なかなか連絡しずらいんじゃないかな。」
山口「ふ~ん。」
私は少しだけ内心穏やかじゃない気分になっていた。
本気で心配してるなら、連絡してきてもいいんじゃないだろうか。
やはり、お互いの気持ちは離れてしまっているのだろうか。
吉本「でもさ、山さんに最初に連絡したってことは、色々山さんに助けてもらったんだろ?」
山口「まぁ、仕事のこととかあるからな。」
吉本「本当にそれだけか?」
山口「両親も他界してるし、近くに親族いないから仕方ないだろ。」
吉本「ふ~ん。何度も言ってるけど、山さんは俺の女なんだから、手出すなよ?」
山口「よし、まだ本気でそんなこと言ってんのかよ?」
吉本「本気も本気。」
山口「いや、彼女もう結婚してるし、よしも結婚してるだろ?」
吉本「それはそれ、これはこれ。」
山口「あんまふざけたこと言ってんなよ?もうケガも痛むから切るぞ。」
吉本「きっと、中尾も近々戻ってくるはずだよ。」
山口「そうなのか?俺には美起の気持ちはよく分からないよ。」
吉本「いや、俺には分かる。直感でな。」
山口「ふ~ん。そっか。じゃ、俺は休むからよ。」
吉本「おう。お大事にな。」
山口「あぁ、ありがとう。」
吉本との電話を切り、私は独り言を呟く。
山口「ったく、あいつは何が言いたかったんだよ。」
吉本に、小坂さんは既婚者だと注意をしたものの、私は既に彼女と男女の仲になっているので、人のことを言える立場ではない。
しかし、吉本が本気で小坂さんを狙っているとしたら。
私は、きっと小坂さんに吉本の手が伸びたとしたら、中尾に手が伸びてくる以上に本気で阻止をするだろう。
それくらい、公私に渡って彼女の存在は私の中で大きくなっているのだった。
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