《吉本編》
お盆空けの最初の日曜日だった。
まだ嫁は実家に行ったまま、帰ってはきていない。
恐らく、夏休み勉強に集中させたくて、俺がいると、邪魔だと思っているんだろう。
これでも、一応中学時代は常に学年テストでは上位にいて、進学校に合格しているから、勉強の大切さは理解しているつもりだ。
しかし、一回シングルマザーを経験して苦労したからか、嫁は学歴をあまりにも気にしすぎるところがあった。
家にいても、特にすることもなかったので、会社に来て翌週の仕事の準備を進めていた。
普段は、ちゃらんぽらんな中間管理職をしているが、こう見えても、中小企業ながら社内ではそれなりに実績は挙げていた。
それは、こういう土日などの休日に、例え自宅にいても、隙間時間等を利用して、翌週の仕事の優先順位や部下にその理由を理解してもらうための準備を怠らないからだった。
誰もいないオフィスで仕事をしていると、仕事ははかどるが、やはり寂しさも感じてしまう。
突然、俺のスマホが振動する。
中尾からだった。
中尾とは、前回夜を共に過ごし、山さんから事情も聞いて以来、連絡は俺からすることはなかったので、少しだけ驚いてしまった。
とりあえず、電話を取る。
吉本「めすめす?」
中尾「あ、吉本?今、大丈夫?」
吉本「うん。一人寂しく職場にいるからねぇ。」
中尾「あ、そうなんだ。日曜日も仕事してるんだね。」
吉本「うん。きっと、夏休み中は、独身生活かなぁ。」
中尾「まだ奥さん、帰ってこないんだ…」
吉本「うん。まぁ、別に俺は気にしちゃいないんだけどさ。嫁ちゃんは、子供の将来が心配なんでしょ。」
中尾「そっか……」
吉本「でー?なに?俺に電話するなんて。まさか、この前の夜の件でお金の請求ですか?」
中尾「そのまさか。ご飯奢ってよ。」
吉本「またまた~。天下の司法書士の中尾さんが、そんなご飯食べられないなんてことがありますか?(笑)」
中尾「司法書士じゃねぇし(笑)私は、ただの法律事務所で働く会社員です。」
吉本「まぁ、俺にはどちらにせよ、立派なお仕事にしか見えません。で、今どこいるの?」
中尾「さっきまで山口の家にいたけど、もう駅のホーム。」
吉本「あー。じゃあ、電車来たら品川まで一時間ちょいだねぇ。いいよ。丁度仕事はかどって終わりそうだったし。」
中尾「ホント?じゃあ……着いたらLINEするよ。」
吉本「ほーい。」
そう言って電話を切る。
恐らく、中尾は山口と鉢合わせかなんかしたんだろう。
声のトーンが少し沈んでいた。
だから、俺のところに電話をしてきたんだろう、ということは鈍感な俺にも気付けるくらいだった。
吉本「あ、ゴム切らしてたな。」
俺はとりあえず念のため、コンドームを用意しておくことにした。
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