目を覚ますと、そこにひろみさんの姿はありませんでした。ベッドから降り、着替えた僕はそっと部屋の扉を開きます。
廊下にはだれもおらず、すばやく外へと出るのです。
階段を降りていくと、一階からは聞き覚えのある声がして来ます。『ぞぉ~さん、ぞぉ~さん、』、あの国民的幼稚園児の声です。
リビングを覗けば、甥はテレビの前に居座り、姪はソファーで寝そべって、その時アニメを観ているのです。
ひろみさんが出してくれた朝食を子供たちの横で食べますが、今の彼らには叔父の僕の顔など、目には入らないようでした。
特に下の女の子は一晩寝ればリセットをされてしまうのか、僕を警戒していて、なつくのにはまた少し時間が掛かりそうです。
日曜日の朝の時間が過ぎていきます。
時間を見れば、10時。僕は帰りそびれたのかも知れません。言い出すことも出来ず、ただこの家族と時間を過ごしてしまっています。
(お昼になれば帰ろう。)、そう心に決め、僕はまた子供達と遊び、時間は過ぎていくのでした。
『(某大型商業施設)に行こうかぁ~?』
それを、ひろみさんが子供達に聞いたのは、昼食の時でした。もちろん子供達ははしゃぎ、男の子はその場で飛び跳ねます。
『ヨシ兄さんも一緒に行くでしょ~?』と聞かれてしまえば、子供達の手前。もうイヤとは言えないのです。
何年ぶりに、この施設へ来ました。付き合う彼女もなく、人混みの苦手な僕には無用の施設でした。
男の子の手を取られ、引っ張られるように中へと入って行きます。
ひろみさんが真っ先に入ったのは、子供のための服売り場でした。走り回ろうとする二人を掴まえ、分からないながらも選ばせます。
そうすることで、『これは、あなたが選んだんでしょ~?』と後から責任を取らなくて済むのです。母親の知恵でした。
次に向かったのは、おもちゃ屋でした。『何も買わないよっ!』と先に言ったのに、それでもやはり子供達は欲しがります。
少し可哀想に思い、僕が財布の紐を緩めようとしますが、ひろみさんはそれを制しました。
そうやって、彼女はこの子達を育てているのです。部外者である僕の出る幕ではありません。
子供達は仕切られたキッズコーナーへと入って行きました。他の子供達とすぐに意気投合をし、中のおもちゃで遊び場回ります。
それを囲むように、周りからは保護者が中の監視をしていました。それは、隣にいる博美さんも同じこと。母親の目が見守るのです。
ひろみさんの手には、大きなバッグが持たれていました。
それを持とうとする僕に、『ヨシ兄さん、大丈夫、大丈夫。私、持ちますから。』と遠慮をしてきます。
それでも取り上げると、『もぉ~、ほんとにすいません。』と丁寧にお礼を言ってくれるのです。
しかし、彼女は知りませんでした。なんで、僕がバッグを持ったのかを…。
そっと握ったひろみさんの手。その手には、今の今までバッグが握られていました。
気づいた彼女は、子供達に目を向けたままにその手を握り返してくれます。
指は絡み始め、昨日のベッドの中のように二人の手は握り合うのです。
それでも、子供達から目を離さないのは母親としてでしょうか。僕の方を見れないのは、女としてなのでしょうか。
今のひろみさんは、どっちのひろみさんなのでしょう。
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