彼女の腰に手を回し、その背中に顔を埋めたままの僕。それは、初めてのスキンシップでした。
ここまで出来た自分に驚きます。埋めたままとなっているのは、彼女の顔を見るのが怖いから。
そのくらい、ひろみさんと僕は普段から距離をとってしまっていたのです。
子供のように抱きつく僕は、彼女の顔を見るのが怖い…。
この姿を軽蔑されるのが怖いのではなく、きっともう僕を受け入れる決心を固めたであろうその顔を見るのが怖いんです。
『そしたら、ヨシ兄さん…、』
ついに、声が掛かりました。その声を聞き、彼女から手を離すと、『よいしょ~!』と言って、ひろみさんが立ち上がります。
バスローブを叩いてシワを直し、最後の準備を始めます。家では2人の子供が帰りを待っています。彼女には時間がないのです。
僕が布団をめくり、彼女を伺いますが、『ん?』と目が合います。『どおぞ、どおそぉ~。』と薦められ、先に僕が入るのです。
そして、遅れて入って来るひろみさん。それはとてもゆっくりとしていて、大人の女性を感じました。馴れた感じが漂っています。
ベッドへと入った彼女。直立不動となり、僕の顔を見ます。そして、ニッコリと笑うと、垂れた細い目が無くなるのです。
『なら、ヨシ兄さん?お願い出来ますか?』
その言葉が始まりでした。お互いを何も知らない二人が、夫婦になるための第一歩を踏み始めたのです。
普段降ろしている前髪を、僕の手が上げました。隠れていたおでこが現れ、とても広いことが分かります。
そっと目を閉じた彼女。そばかすだらけの丸い顔、あのひろみさんがこんなに近くにいるのです。
臆病になりながらも近づけて行く唇。素っぴんで荒れた彼女の唇が見え、僕の鼓動は更に激しいものとなっていきます。
尖らない唇同士が触れ合いました。カサカサとした感触のなか、先に動いたのはひろみさんの唇。
そっと小さく開くと、僕の唇を受け入れる形へと変わっていきます。その唇へと、僕は深く重ねていくのです。
二人の唇は次第に動き始め、お互いを求めます。更に彼女のおでこへと手をあてた僕は、強く彼女の唇を吸い始めるのでした。
『うぅ…、うぅぅ…、』
いつからか出始めた苦しそうな声。それは僕だけではなく、彼女の口からも囁かれています。
苦しいのではなく、もっともっと欲しい。欲しくて、物足りないのです。
長かった初めてのキス。唇が離れると、『はぁ~。』とお互いの口が酸素を求めます。
顔を合わせ、微笑み合うのはそのキスがとても心地よかったからなのでしょう。
お互いをほとんど知らない二人なのに、酸素を取り入れた口は、また求め合ってしまうのでした。
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