②-5
『私もね、一応もってるのよ(ゴルフ)クラブ、奴ばっかり1人で行って私は全然行けてないけど。野平さんは 香代さんと一緒に…?』
車を走らせると幸子さんの方から話しかけて来てくれた。
幸子さんの言う〔奴〕とは どぅやらご主人の事らしい。
「ええ、香代さんとは 年に数回 盆暮れ正月くらいですけど」
『あはは、盆暮れ正月って何それ うちのアレみたぁい(笑)』
「寺田さん、アレってそんな(笑)」
『だって そぅなんだもの(怒)』
『しかもよッ、・・・・、やめたッ』
『何だか私 欲求不満みたいじゃないねぇ?ゆうべからさ…(笑)』
「えッ、違うんですか?」
『違うんですか?、って失礼ねッ 野平さん』
(スミマセンと口にする間もなく)
『実際 そうだけどさッ』
『ホントなのよアレも…』
『そんなに硬くもならないし 途中でってアレもホント、歳なのかしら奴』
「お幾つでしたっけ(ご主人)?」
『…62』
『私より ウン歳うえ』
「ウン歳…、ですか?」
『そう、ウン歳』
『野平さんは まだ お若いんでしょ?』
「若くもないですよ、40ウン歳です」
「もう50の足音が すぐそこまで」
『若いじゃないの!』
『まだまだ現役よぉ!、…でしょ?』
「ええ、まだ定年まで10数年ありますからね」
「でも、この(政府の)調子だと65にされるかも、定年」
『そっちじゃなくて あっちよ、あっちッ、んもぅ!』
「あっち でしたか、スミマセン、俺 鈍感で…」
「そぅですね、前は80幾つとかで回れた事もありましたけど、最近は100たたかない様にするのが精一杯で…」
『その あっち でも無くてさぁ』
『ンとに もぉぉッ』
「え?、あっちって 〔玉〕転がして 〔穴〕に入れる ってやつかと…」
『そうね、確かにね』
『玉を穴に入れるアレ…』
『って違うわよッ』
『じゃぁ、何ぁに?、野平さん〔玉〕まで お入れになるの?香代さんに』
『いくら何でも〔玉〕まで入れるなんて人 聞いた事無いけど?』
「えっ?、入れてくんないんですか?ご主人、俺 入れますよ〔玉〕」
『そんなの入れないでしょ?普通』
『竿だけよ竿だけッ』
「寺田さん〔竿〕って(笑)」
『だって 竿 でしょ?』
『ババァだと思ってからかってんでしょ?野平さん、玉なんて入れないわよ誰も、そんな話し聞いた事ない!』
「だから〔玉〕入れますって 〔穴〕に、試してみます?今度」
『無い無い、玉入れるなんて想像つかないもの』
『だいたい どうやって入れるのよ? 玉なんて』
「想像してみますか?玉入れるとこ」
「まず両ひざをついて下さい」
「そしたら 顎をつき出して見上げて下さい」
「そしてぇ、大きく口をあけて下さい」
「そしたら その大きな〔お口の穴〕に玉2つ入れてあげます」
「ね?、入ったでしょ?」
『もぉぉッ、穴って言ったくせに、そっちぃ?』
『その気になって想像しちゃったじゃないの途中まで(笑)』
「え?、じゃぁ途中まで どんな想像してたんですか?」
『教えてなんか あげないわよッ(恥)(怒)(笑笑)』
「スミマセン、(ゴルフショップ)着きました」
「行きましょうよ、一緒に」
『ええ、久しぶりに 覗いてみようかしら…』
幸子さんと2人、ボール ウエア パター 色々物色して回った。
「土曜日だし、早めに行きますか?」
俺は そう言って藍屋に向かった。
窓際の 堀こたつ式のテーブル。
まだ12:00前だというのに 既に何組かが来店していた。
「飲みますか?」『…いいの?私だけ…』「ええ、俺 ノンアルにするんで、どうぞ」『じゃ、失礼して』、そんな会話をしながら、それぞれが適当に頼んだ。
『乾杯しましょ』
届いた飲み物を手に幸子さんが言った
「何に乾杯しましょうか?」
『玉入れ(笑)』
「それ?(笑)」
「じゃ、玉入れに…」
グラスを合わせた。
『何かドキドキしちゃう』
「何でまた…」
『だって 若い他所のご主人と2人っきりよ、ドキドキだってするでしょ?』
「え?、そんなのも いつものジョークで誤魔化すのかと思ってました」
『ね?、何でだろうね?』
『なに 正直に言ってんだろ私…』
「昼間っからは 効きますから…」
『そうよ、そう…』
『昼間のビールは効くのよ』
そう言って かすかに微笑んだ幸子さんの足が 俺の足に触れた。
が、それも つかの間 『あっ、ごめんなさい』と足を引っ込めてしまった。
「そう言えば寺田さん、さっき途中まで どんな想像してたんですか?」
『想像?、何の?』
「玉入れ の…」
『教えてあげないって言ったでしょ』
「そこを何とか」
『そんな 寺田さんなんて聞く人には教えてなんかあげないわよ』
『そうだ、ねぇ私も朋さんて呼んで良ぃい?、ダメ?』
「・・・・・」
ドキッとした。
妻が呼ぶのを聞いたのか?
それとも孝子さんが呼んでるのを聞いたのか?、『…お近づきね?』なんて言われた事もあった。
「どっちだ?どっちだ?、どっちが正解だ?」
その答え合わせが グルグルと頭を巡った。
「じゃぁ、幸子さん、教えて下さいよ、さっき途中まで何を想像してたのか、ね?、教えて下さい」
『野平さんが 想像してた通りの事よ』
「やっぱり、あはは」
『もぉッ、歳上からかくもんじゃないわよ』
『…でもゴルフかぁ、良いなぁ』
「行けばよいじゃないですか?」
「岩瀬さんでしたっけ?」
「やらないんですか?、彼女」
『紀子』
『紀子は やんないのよ』
昨日の〔紀(のり)ちゃん〕は、岩瀬紀子さんと言うらしい。
「なら 阿久さんの奥さんとか」
『あきちゃん?』
『あきちゃんはね 肩がダメなんだって、何でも50肩こじらせたとかで』
『ってさ、誘ってはくんない訳?朋さんは!』
「あっ、これはこれは 気がつきませんで…。でも、40肩50肩とかって言いますけど アレって自然と治るもんじゃないんですか?」
「俺もツライ時ありましたけど、今は何とも…」
『何かね、色々あって 無理したみたい、丁度その頃に…』
「そうなんでね?」
『それと私、ほら、指がね 伸びないの まっすぐに、出来るのかしら こんな手で…』
幸子さんが両手を差し出し ピンと指を伸ばして見せている。
『それに ほら 間接も太くなっちゃってるし、シワも多くなっちゃって お婆ちゃんみたいな手でしょ?』
そう言って 指を伸ばしたり 手を裏返したり そんな事をして見せている
『ほら、触ってみて』
『ゴツゴツでしょ?』
そう、幸子さんが 右手を差し出した
「でも、綺麗なネイルてしるじゃないですか?」
「痛くはないんですか?」
俺は そんな事を問いながら 膨らんで伸びなくなっている 間接を摩った
『こんな間接してるしさ、シワもこんなだし、少しでも誤魔化そうって』
『先に目が行くでしょ?、こんな派手な爪してたら…』
と、自分の爪をマジマジと見ている
「あの、時間ですよ! でしたっけ?、あの時の希林さん手袋してたの覚えてます?指先の無いやつ」
「あの時の希林さん30代で 手だけは どうにも歳を隠せないからって手袋してたんですってね?」
『そうそう、樹木希林ね役者よねぇ』
『歳隠せないって言えばさ、手もそうだけど あと ここ、ここも隠せない、ほらッ』
幸子さんは あごを着き出したり 思いっきり引っ込めてたりしながら 首元の皮膚を摘まんで見せた
『ここもダメ、どうにもなんない』
そぅ言って笑っていた
右手から左手に変えたり、間接やシワを摩ったり、そんな事をしても 幸子さんは手を引こうとはしない。
俺は幸子さんの左手を両手でつつんだ。
一瞬、俺をジッと見た幸子さんが 俺の手に右手を重ねた。
そして ゆっくりと 左手を引いた。
俺は その左手を両手で追いかけた。
まっすぐに俺を見ながら 幸子さんは首を横に振った。
そしてまた 左手を引いた。
俺は両手の指先でテーブルを這った、幸子さんの手を追いかける様に。
無言で まっすぐに俺を見たままの幸子さんが うっすらと微笑んだと思ったら 幸子さんのつま先が 俺の脛を撫ではじめた テーブルで隠して…。
誰もが使う手、が、その使い古した手も ここでは まだまだ現役、妖しい雰囲気に包まれた。
が、それも束の間
『帰ろ…、朋さん』
『14:00まで戻るんでしょ?』
幸子さんに そぅ促されて店を出た。
『ご馳走さま…』
『良かったのかしら ご馳走になっちゃって…』
「ええ、遠慮なく…」
「ゆうべ、あんなにご馳走して貰ったので…」
『ありがとう』
『・・・・・』
『そうだ、コインランドリーのあたりで降ろして…』
『ホント勝手だから 奴』
『面倒くさい事 聞いてきそうだし』
「いいじゃないですか?」
「散歩の途中で拾って貰った とか言えば、タイミング良く ほら ポツポツ来ましたよ」
「少し ハラハラさせてあげたら良いんじゃないですか?奴にも」
『それも良いかも…』
『でも アレね あんな奴でもさ、人様に奴なんて言われると 少しムッとするのね?、アハッ』
「ごめんなさい」
「つい調子に乗っちゃって、ホントごめんなさい」
『良いのよぉ』
『謝らないで』
『それよりさッ、手伝ってくれる?、奴 ハラハラさせるの、ダメ?』
「手伝えますか?俺で」
『ええ』
『また こうして車に乗せて、ね?』
「それは もう!」
ポツポツと小雨がフロントガラスを叩いた。
家に続く私道を曲がるとすぐに 幸子さんが手を握ってきた。
車が家に近づくにつれて 握る手が強さを増していった。
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