「ほら、あれ・・・あの人よ・・・」
麻紀が示した視線の方向から、足音が聞こえてきた。
2人は管理人室の中で、女が通るのを待ち構えていた。
管理人室の小さな窓の前を、1人の女が通り過ぎる。
女は管理人室を振り返るはずもなく、自分が見られているなど思いもせずに玄関のガラスの自動ドアに向かっていく。
黒い帽子を目深に被り、大きなサングラスをかけているせいで 顔はよくわからなかった。
白いブラウスの上にジャケットを羽織り、黒いロングスカートを着ている。
スカートは前で重ねているらしく、歩くたびに黒いスカートの大きなスリットの間から女の白い脚が露出していた。
「管理人だから知ってるでしょ?・・・8回に住んでる奥さんよ・・・鈴川・・・明美さんだったかな?」
麻紀は楽しそうな顔で女を見つめている。
まるで獲物を狙うような視線で、嬉しそうに唇を歪めている。
そして視線を女に向けたまま、「ほら、行きましょう」と言った。
明美は歩いて10分ほどの場所にある大きな公園に入っていった。
そのすぐ後ろに、自分を破滅させようとする2人がついてきているのには気付く様子もない。
公園の遊歩道を進み、人工林の中ほど、茶色いタイルに覆われた公衆トイレの近くのベンチに座った。
男と麻紀は公衆トイレの裏側に回り込んで明美を観察する。
明美との距離は10メートルもない。
ほぼ正面から見ても、その顔はサングラスに覆われて見えなかったが、その唇は確かに少しの緊張と高揚を感じさせた。
「確かめてるのよ・・・」
頼んでもいないのに、麻紀が説明を始めた。
「ああやって待ってるのよ・・・トイレの中に誰もいない事を確かめるの・・・」
そう思って見ると、確かにサングラスの奥の瞳は公衆トイレの入り口に向けられているように感じる。
その顔が正面から観察できるのは、明美が公衆トイレを観察しているからか・・・。
5分・・・10分・・・
人工林の向こうからは、誰かが騒ぐ声が聞こえている。
公園の中にあるグラウンドを、大学生か誰かが使っているのだろう。
そのさらに奥からは、小さく車の音も聞こえていた。
マンションから歩いて10分ほどの場所なのに、まるで全く違う空間に感じる。
そんな事を思っていると、明美がようやくベンチから立ち上がった。
何度かきょろきょろと遊歩道の手前と奥を見て、ゆっくりと公衆トイレに近づいていく。
そして女性用トイレの側から目隠しの壁の裏に入り、男性用トイレの中に入っていった。
何をするつもりなのか、その時点では予想も出来なかった。
どうにか中を覗かないかと建物を見渡し、明かりとりの窓を見つけた。
けれど高すぎる窓の前に足場を作るよりも前に、明美の足音が公衆トイレから出て行った。
「・・・行ってみましょう」
そう言う麻紀の表情は、明美が何をしたのか知っているようだった。
迷うそぶりもなく公衆トイレの中に入っていく。
大きな白いタイルの壁と、細かい青いタイルの床。
壁に並んでいる小便器が、ここが確かに男性用トイレだと思わせる。
そしてそんな公衆トイレの床に、数枚の紙が落ちていた。
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