ふと、時計を見た。
時刻は9時25分だった。
いつものように8時42分に自分のデスクに座り、勤務時間の9時を待ってから 毎日のルーティンである机に溜まった回覧に捺印を始めた。
今日はそんなに多くはなかったが、少し資料を読み込んだので30分近くかかってしまった。
少し息をつくと、脳裏に今朝の光景が浮かんできた。
住んでいるマンションで、管理人を見かけただけ。
それに何の問題もあるはずがなかった。
しかし・・・
それが自分が住むフロアの廊下だった事が、小さなささくれのように刺さっていた。
自分とすれ違う前から浮かべていた笑みの意味を考えていた。
何故だかは分からず、ただ心の中がザラついていた。
しかしそんな曖昧な思考は、同僚に声をかけられた瞬間に霧散してしまった。
「おいっ」
「あ、あぁ、すまん、何?」
「大丈夫か?」
三島は、その神経質そうな顔を歪めながら俺を見た。
小さな会社の中では、数少ない俺と歳の変わらない同僚だ。
痩せすぎのガリガリの体と、飲みに行くと必ず風俗に誘ってくるところだけが苦手だが、それ以外は気の良い仲間として認識している。
「で、なんだ?」
ヘヘッ・・・
そう笑いながら、三島はニヤリと俺を見た。
この笑顔はロクな事じゃない。
それは、今までの付き合いでわかっていた。
飲み会の途中で風俗に行こうと切り出す時と同じ笑顔だ。
「ヘヘヘヘッ・・・で、どうだった?」
「どうだったって・・・何が?」
「は?ビデオだよビデオ・・・先週渡しただろ?もう5日も経つぞ」
「まだ見てないよ」
はぁ?、と素っ頓狂な声を上げた三島に、「てか、勤務時間中だぞ」と、手でシッシッと追い払うと、残念なのか怒ったのか、どう受け止めれば良いのか分からない顔で去っていった。
気を取り直してデスクに向かうと、壁の時計は10時を過ぎようとしていた。
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