僕が歌っている最中、Yさんは、ずっとモニターを見ていた。
正直、歌唱力には自信があった。
僕は比較的声も高いトーンを出すことが出来たし、前に付き合っていた彼女の美希も僕のカラオケを聞いた後に、僕を意識するようになった、と言っていた。
だから、僕は今、自分自身の思いも込めて全力で歌った。
全て歌い終えて、マイクを置く。
Yさんは、黙ったままモニターを見つめていた。
その表情を僕からうかがうことは出来なかった。
採点の明るいBGMが室内に響く。
『出てくれ!』
僕は大学受験の合格発表会で自分の受験番号を探すような思いでモニターを見ていた。
まだか、まだか。
そんなに時間はかからないはずなのに、点数が表示されるまでの時間が長く思えた。
パーンッ!
シンバルの音と共に点数が表示された。
97.211点
僕の勝ちだった。
すごーい!!本人が歌ってるみたいっ!!
モニターの音声が僕の歌を称賛した。
僕もYさんも、黙って画面を見つめていた。
しばしの沈黙の時間が流れる。
部屋には採点モードのBGMがただ流れていた。
ふとYさんが、こちらに向き直り、小さく拍手しながら口を開いた。
Y「すごいね。本人が歌ってるみたい、だって(笑)」
羽山「ありがとうございます。」
Y「いやー。完敗だなぁ。すごい、すごい。」
羽山「じゃあ、僕のお願い言っていいですか?」
Y「ん?仕方ないなぁ、約束だもんね。何?言ってみて。」
羽山「じゃあ、キスしていいですか?」
Y「……え?」
僕は、今の勢いのまま、勇気を出して言った。
Y「ちょっと……冗談やめてよ(笑)ないない(笑)それはダメでしょ(笑)」
Yさんは、困惑した様子で答える。
羽山「ダメ……ですか…。」
Y「だって……私は羽山君からしたら、20近く年齢違うおばさんだし、私結婚して子供いるから(笑)」
羽山「分かってて、言ってますけど。」
Y「今は気落ちしてるだけだから、ね?他のお願いにして。」
羽山「いや、ずっと前からですよ。採用試験落ちる前から、この気持ちは。」
Y「えぇ?……困ったな……どうしよ…。」
Yさんは、机に置いてあった自分のスマホを手に取り、画面を見ながら縦横に無造作にフリップを始めた。
羽山「金融を受けたのだって、最初はYさんへの興味からだったんです。」
Yさんは、適当にスクロールされていく画面をただ眺めていた。
羽山「だから、僕、本気でY銀行も受けました。ホントは受かりたかった………ダメでしたけど。」
Yさんは何も言わなくなった。
僕は、スマホの画面をフリップするYさんをただ見ていた。
Y「う~ん……。それ本気で言ってるの?」
羽山「本気です。」
Y「…………分かった。」
Yさんは、スマホを机に置いて、左手の薬指にはめられた指輪を外し、立ち上がった。
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