祖母の食事介助をする柿崎さんを眺めながら、柿崎さん手作りの弁当を食べていた。祖母は認知症が進んだのか、あまり喋らなくなっていた。祖母の食事介助と口腔ケアを終えた柿崎さんに「弁当とマッサージ。普通にババの介護してる方が楽だよね」と言うと、「そんなことないですよ。○○さん喜ぶの上手だから、嬉しくてしちゃうの」と返ってきた。「俺も柿崎さんに介護されたいな」「自分で出来ない人のお手伝いが介護よ。出来る人は自分でするの」「されたい。お願い」「うーん困ったなー。じゃあ一回きりって約束できる?」「うん、できる」
洗面台でやりましょうと立ち上がった柿崎さんに、僕は連れて行ってというふうに両手をだした。ふん、とおどけて困ったような表情を作った柿崎さんは「ほんとに今日だけですからね」と言って、僕の手を取って洗面台まで一緒に歩いた。僕から手を握るのはやんわり拒むのに、ことの流れで柿崎さんから手を握るかたちになった。
洗面台の前に僕を座らせ、タオルをエプロン代わりにし、柿崎さんは水と歯ブラシを準備した。「はーい、最初はうがいですよぉ」と赤ちゃんに話しかけるような言い方の柿崎さん。意外にのりやすいタイプなのか。「はーい、じゃあお口をあーんしてぇ」あーんに合わせ、柿崎さんの口もあーんと動く。かわいい。柿崎さんは左手で僕の顎を支え「はーい、じゃあキレイにしていきますねぇ」と右手でブラッシングを始めた。柿崎さんは僕の口内を見るため顔が近い。「恥ずかしから、あんまり見つめないの」と優しく笑う。柿崎さんの顔に小さな泡が飛んだが、柿崎さんは気にすることなくブラッシングを続けた。「はーい、またうがいしてくださいねぇ」うがいを終え口の端から流れる水(涎?)をタオルで拭く柿崎さん。「さあキレイになったかなぁ、はいもう一回あーんしてぇ」今度は両手で僕の頬を包むように支え、口内を覗く。「はーい、キレイになりましたねぇ。はい、おしまい」と優しく僕の頬をポンポンする。僕はポンポンしている柿崎さんの両手を握った。柿崎さんは握り返しはしないが、手を引くこともなく黙って僕を見つめていた。柿崎さんの身体を引き寄せ、僕のももに座らせると、柿崎さんは顔を背け「ごめんなさい。結婚してるから。裏切れないの」と涙をこぼした。手を緩めると、柿崎さんは立ち上がってリビングへ戻っていった。
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