加代子さんの足には、普段母が使っているスリッパが履かれていた。その両足を抱えると、彼女はバランスを保てなくなります。
ステンレスの流し台を掴みながら、『ナオちゃん、ちょっとやめてぇ~?…、やめてよぉ~?…、』と、とても小さな声で言って来きます。
誰もいないと分かっていても、やはりここは自分の家ではないため、勝手が違うようです。
『お風呂入る?入らん?』と聞くと、『ダメよぉ~。』と言い、『じゃあ。僕の部屋行く~?』と聞きますが、それも却下をされました。
『加代子さん、わがままやなぁ~?どっちかにしなよ?』と聞きますが。それも『ダメよぉ~…、どっちもダメよぉ~…。』と返して来きます。
しかし、そんな無理ばかりも聞けず、『ほら、行くよ?』と言って彼女の手を取ります。ウェアの下を取られてしまった彼女は、渋渋足を運び始めるのです。
彼女にとっては、それこそ未知な我が家の2階。彼女の家よりも階段は急で、片手を着きながら上がって来ています。
そして、目の前に見えて来たのは僕の部屋。しかし、そこへは向かわず、二人は奥の部屋へと入って行くのです。
それは、もう使われなくなって何年にもなる部屋。昔は両親の寝室でしたが、父がこの家を出てからは誰も使わなくなっていました。
その名残なのか、使われなくなった大きめのベッドだけが残されているのです。
照明がつくと、この部屋全体が浮かび上がります。しかし、ヤル気満々になっている僕に対して、加代子さんの顔がすぐれません。
そして、言われたことは、『ナオちゃん?このお部屋、やめよぉ~?』という言葉でした。きっと、両親の使っていたベッドだと彼女は見抜いたのです。
彼女を我が家へと連れて来て、浮かれた僕が軽率だったのかも知れません。
見事に、僕の立てた計画は打ち砕かれました。やはり向かうのは加代子さんの家なのです。『30分くらいしてから来て。』と言われ、彼女を見送りました。
また、誰も居なくなったこの家は静けさを取り戻します。僕は再び2階へと上がり、本当は使われるはずだったあの部屋へと向かいます。
また、この部屋に照明が灯りました。中央には大きなベッド、その奥には季節替わりの服を押し込んだタンスくらいしかこの部屋には何もありません。
僕はベッドの上を這い、そのタンスの引き出しに手を掛けています。
それは本当なら、この後に陽の目を見たはずのモノが収められてました。それを取り出し、手さげのバッグへと詰め込むのです。
まだ寒さの残る夜。行き交う車のライトに照らされながら、僕は加代子さんの待つ家へと向かっていました。
手に持ったカバンの中身が擦れ合い、カチャカチャと音を立てています。それは買ったばかりの大人のオモチャ。
僕の立てた計画は、まだ打ち砕かれてはいないのです…。
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