【act 2 ~ 慟哭 ~ 】
『川田さんですか?急いで来てもらえますか?息子さんの容態が急変をしたしまして…、』
加代子さんの元へ電話が掛かって来たのは、去年の8月の初旬。息子が入院をしていた病院からだった。
タクシーを呼び、急いで駆けつけようとする彼女だったが、頭の中は『どうして?』と疑問の問い掛けだけが続いてしまう。
それもそのはず、彼女はこの日のお昼前までその病院にいて、いつもと変わらぬ息子と時間を過ごしていたからだった。
タクシーで、30分は掛かろうかという道のりがもどかしい。意識もない長期の入院患者など、離れた田舎の病院くらいしか受け入れてはくれなかったのです。
駆けつけた病室。懸命な救急処置が行われていたが、熱心な医師達の姿を見れば、『もう決断をしないといけない時。』と彼女は考えるしかない。
『先生~?もう逝かせてやってください。もう充分ですから…。』、それは息子よりも、尽力を尽くしてくれた彼らへの感謝でもあった。
息子の身体から器具が取り外されていくのに、それを見ている加代子さんの目からは涙は溢れない。
彼女が息子の遺体へとすがり、泣きたいだけ泣くには、もう少しだけ時間が必要だったのです。
二日後。大きな葬儀会場の中にある、家族葬の行える小さな部屋に彼女はいました。駆けつけた親類は彼女を含め、僅か9名。ささやかな別れとなったのです。
その中に、ある男性が参列をしていました。それは、加代子さんも20年近くもあってなかった従弟。名前を『田崎信哉』と言います。
母方の姉弟の息子。60歳の加代子さんよりも14歳も若く、付き合いもほとんどなかったため、従弟と言うよりも『親戚のどこかの子。』というくらいの印象。
前に会ったのが、彼が25~26歳の頃だったため、叔父さんが連れて来なければ、彼女自身も分からなかったのかも知れない。それほど薄い存在だったのです。
『信哉くん?久しぶりねぇ~?わからなかったわぁ~。』と少しお姉さんぶって、こちらから声を掛けた加代子さん。
彼は、『加代さん、ご無沙汰をしています。』と丁寧に返事をしてくれていた。『加代さん。』と呼ばれたことで、彼女も少し彼を思い出しています。
『ああ、私、この子にはそう呼ばれていたわ。』と微かに記憶力が甦るのでした。
しかし、彼女はあまりいい印象は持ってはいません。昔から、いろいろと問題のあった従弟でしたから。
親戚内でもそれは囁かれ、46歳になった今でも働きもせず、彼女も居たことがない独身の彼を、よく思う人物は誰も居なかったのです。
葬儀も無事に終わり、加代子さんは彼に『信哉くんも、たまにはうちに寄ってよぉ~?』と声を掛けていました。
話しの苦手な彼は不器用な笑顔を作り、ただ彼女に頭を下げます。こういう会話には慣れていないのです。
それから2週間くらいが経った休日。普段は家にこもっているはずの彼は、休みのはずなのに開いている加代子さんのお店を見つけていました。
車を停め、しばらくお店の方を見ていると、中から二人の年配の女性が出てきます。近所の方のようです。そして、それを見送ろうとする女性。
その女性に用があって、彼はここに来ていたのです。
『加代さんっ!!』
何年も出したことない大きな声で、彼は呼んでいました。気づいた彼女は、『あらあら、信哉くぅ~ん!』と突然の従弟の訪問に笑顔を見せて答えてくれます。
その笑顔こそが、彼が求めていたもの。女性の苦手な彼には、社交辞令でも微笑んで話し掛けてくれるお姉さん的な存在の彼女にどこか惹かれていたのです。
それはもう、従姉という存在ではなく、『自分を男にしてくれる女性。』。
もっといえば、『こんなダメな人生を送ってしまっている自分を救ってくれる女性。』、加代子さんにそんな歪んだ期待を描いてしまっていたのです。
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