夜23時近くになり、加代子さんの就寝時間が迫って来た。一階の電気は全て消され、パジャマ姿の彼女を二階へと連れて上がる。
パジャマは地味で、それを着てゆっくりと階段を上がる彼女の姿に、どこか『老い』を感じてしまう。やはり、僕とは違うのです。
二階へと上がり、加代子さんは奥の寝室でではなく、上がってすぐの部屋の扉を開いた。照明がつけられると、それが誰の部屋なのか容易に想像が出来た。
『あの子の部屋…。あれから、ずっと手がつけられていないのよ?』と言われ、彼が倒れたあの日以来、そのままにされているのが分かる。
『入ってもいい?』と聞き、足を踏み入れてみます。しかしその部屋に変な空気を感じてしまいます。
それは、長く使われてないからだろうか、それとも『死んだ人間の使ってた部屋。』とどこかで思ってしまっているからだろうか。
ベッドには布団がそのまま残され、彼がそこで寝ていたのが分かります。ベッドに座り、ここから僕とトランシーバーの交信を楽しんでいたのでしょう。
部屋の隅には机が置かれています。引き出しにはヒーロー物のシールが何枚も貼られていて、小学生の頃から使われていたのがわかります。
机の上には、数枚の書類があり、きっと直前までこの仕事をしていたに違いありません。この部屋には、彼の全てがまだ残されているのです。
『このままでいいんじゃないですか?』と言うと、『いつかは片付けなくちゃいけないけど思ってるけど、まだ無理…。』と加代子さんは言います。
照明が消され、僕は彼のお母さんの手を取って、奥の寝室へと向かいました。彼女を招き入れ、扉は閉められるのです。
久々に明かりの灯った彼の部屋。しかし、またいつもの静けさを取り戻してしまいます。その時、高い本棚の上で、『カタッ。』と小さな音がしました。
そこに置かれていたのは、薄い黒のバッグ。中には何も入ってはおらず、数ヶ月前からここに置かれたままとなっています。
しかし、本当はこの中にはちゃんと物が入れられていて、ある人物がそれを抜き取っていたのです。
入っていた物。それは、ある女性の6枚の写真。B5サイズに拡大をされていました。その全ては、リビングで取られたもの。
地味なパジャマを着た女性の顔、胸、お尻、そして食い込む股間、気づかれないように必死で盗撮をしたものと考えられます。
その地味なパジャマの柄は、いま加代子さんが着ているものと同じ。つまり、彼女自身が撮られていたと言うことになる。
その犯人をつきとめたのも、彼女自身だった。一度はこの部屋を片付け始めた加代子さん。すぐに、このバッグを見つけます。
中から出てきたのは、盗撮をされた自身の写真。彼女自身も慌てます。顔のアップの写真には、マジックで書き込みまでもが加えられていました。
笑う彼女の口元に、書いた男性器が押し当てられているのです。その横には、『ママ、好きだよ!』と吹き出しで書かれてもいます。
その字は明らかに彼の筆跡、そして昔から母親のことを『ママ。』とも呼んでもいたのです。
バッグの中から、その写真は全てが抜き取られました。もちろん、加代子さんの手によってです。
しかし、それが捨てられることはありませんでした。母親としての責任もどこか感じ、そっとある場所へと仕舞いこまれました。
そして、彼女が感じた責任。それは、ある難病を抱える息子を産んでしまった責任でした。幼い彼の顔は傷つけられ、一生残る傷となってしまいます。
それはやはり醜く、そのせいで彼のまわりには女性の姿を見たことはありません。彼が女性を知らないままに亡くなったことを、彼女は気づいていたのです。
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