枕の下へと押し込んだスマホからは、不定期にLINEの着信音が鳴っていました。僕はそれを見ることはなく、鳴りやんだのは30分くらいが経ってからのこと。
文字を打つのが苦手な彼女が、頑張って打っていたようです。しかし、僕がそれを見ることはありません。
ただ、こう送り返していました。
『分かりました。ただ、会って直接お話をしてください。来週の日曜日、午後2時に駅前のいつものところでどうですか?』
文字を打つのが苦手な彼女でも、すぐに『分かりました。』と返事をくれました。あと一週間、どんな結末が待っているのでしょうか…。
その日は、あいにくの雨でした。雨の降りしきる中、寒いのに歩いて来るおばさんも大変だろうと思ってもしまいます。
午後2時前、エンジンを掛けていた、僕の車は駅へと向かいました。たった3分程度の道のりなのに、寒さで窓はすぐに曇ります。
駅前のロータリーのいつも場所。そこにはちゃんと加代子さんが立っています。雨を避け、手には畳んだ黒の傘が握られていました。
車を停めると、彼女が助手席へと滑り込んで来ます。『寒いねぇ~?よく降るよねぇ~?』と普段通りの彼女に、僕も少し落ち着くのです。
車を走らせます。特に行き先は決めてはいません。おばさんの口らから、別れ話を聞くために来たのですから。
僕の腹も決まっていて、彼女の決断に従う気持ちも持って出てきたのです。車内で軽く交わされる会話。
それはいつもの二人の会話で、これから別れ話するとはとても思えません。そんな僕は、こう切り出します。
『ああ、先週の日曜日にね、吉川さんのところに行ってたでしょ?あれさぁ~…、』
しかし、その言葉は加代子さんの一言で途切れてしまいます。『私も…。』、そう聞かされ、言葉が止まりました。
『会ったの~?』と聞くと、『そうねぇ~。吉川さん、私とナオミチちゃんのこと、全部知ってたみたいねぇ~?、』と教えてくれたのです。
その言葉に、言い表せない怒りが込み上げて来ます。あのおばさんに対して、『お前、ちょっと待ってやぁ~!』と思ってしまうのです。
『おばちゃん?この話、今日は無しにして!僕、今日は絶対に聞かないから~!』
その言葉に、『ナオミチちゃん、どうしたのぉ~?ちゃんと聞いてくれないと、おばちゃんも困るのよ~?』と返して来ますが、今の僕には無理そうです。
車は自宅へと戻り、僕は歩いてあの人の家へと向かいます。玄関の前へと立ち、1つ深呼吸を入れました。
そして、チャイムを押そうとした時、遠くに黒い傘を見つけるのです。その傘は段々と近づき、持ち主の姿が分かります。駅で降ろされた加代子さんでした。
お店の前で立ち止まった彼女は、僕を見ています。三軒隣のこの家に用があるのを、もう彼女も分かっているのです。
近所の目があるのを分かって、それでも彼女の手を取りました。『ナオミチちゃん、私は行けないってぇ~!』と言いますが、構わず連れて行きます。
チャイムを押すと、『行くなら、一人で行ってよぉ~!おばちゃんは嫌よぉ~!』と更に嫌がりました。
『誰ねぇ~?』
それは、あの独特な声でした。顔を見れば、更に不気味に感じました。それでも僕はこの人に用があって、ここまで来たのです。
もちろん、吉川のおばさんです。
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