母から手渡されたのは、1台のトランシーバー。それが何か気がつくのに、僕には少しだけ時間が必要だった。
数年前までその片割れ持って交信をしていたのは、僕。しかし、もうそれは手元にはなく、形状すら覚えてはいなかった。
『川田の?』と母に聞くと、『お前に持っていて欲しいって。』とおばさんがわざわざ届けてくれたのだ。
きっと遺品として残っていて、僕の話を聞いたおばさんが、『これだ!』と気がついたのだろう。
電池を入れてスイッチを入れると、そのトランシーバーはちゃんと起動をしていた。片割れはもうどこにもないのに。
僕はその足で、おばさんの元へと向かっていた。お礼を言うため、いやおばさんに会うためかもしれない。川田には申し訳ないが、いい口実だった。
お店は閉まっていた。日曜日である、仕方がない。しかし、そこに人影を見つける。うちに届けに来たばかりのおばさんの姿だった。
『あら、ナオミチちゃん。』と扉は開かれる。僕は頭をを下げ、『これ、ありがとうございます。』とお礼を言います。
おばさんは、『ナオミチちゃん、持っていて。あの子も喜ぶと思うから…。』と言ってくれるのでした。
開けられた扉。それを閉めたのは僕だった。わざわざお礼に来てくれた息子の友達を、手ぶらで帰すようなおばさんではない。
家へと招き入れられ、僕はその足で彼の元へと向かうのです。
手を合わせ終わった頃、『ナオミチちゃん!よかったら、こっちに来て。』とおばさんの声がします。
それはリビング。向かうと、テーブルにはもう飲み物が出されています。
懐かしいリビング。もう、10年以上も入った覚えがありません。おばさんから!『飲んで帰って。』と言われ、僕はソファーに腰を降ろしました。
そこから見えたのは、食卓のテーブル。三年半前、彼が倒れたというあのテーブルです。
おばさんは対面へと座りました。うちに来たため、ラフな部屋着ではなく、地味な柄物のワンピース姿です。
そこで聞かれたのは、僕のこと。仕事のこと、家族のこと、そして居もしない彼女のことです。それには勝手が違いました。
彼の思い出話ならばいくらでも話せるのに、自分のこもとなると上手く話が進みません。おばさんに聞かれているとなると、余計にです。
そして、最後はやはり彼の話となります。しかし、思い出話ではありません。
おばさんから突然、『ナオミチちゃんは、ちゃんと長生きしてね。』と言われ、『おばさんのためにも、僕は長生きするわぁ~。』と伝えていたのです。
それを聞き、おばさんは目に涙を浮かべていました。僕と彼が、重なってしまったのかも知れません。
そんなおばさんに、『ねぇ?よかったら、またお参りにここに来てもいい?』と聞いてみます。
おばさんは『いいよー。いつでも来てよー。あの子も喜ぶわぁ~。』と言って、微笑んでくれるのです。
僕は、また彼に謝っていました。『お参りに来たい。』とウソをついたのです。本当の会いたいのは彼ではなく、彼のお母さんになのです。
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