毎朝、絶妙なタイミングでウォーキングから戻ってくる3人のおばさま達。
出社をする僕だが、家を出るのが少しでも遅れたならば、嫌でも彼女達と顔を合わせてしまう。
この日もそうでした。挨拶がわりに頭を下げる僕に対し、2人の女性から手が振られていました。
さりげなく手をあげた加代子さんに対し、明らかに大きく振られるもう1つのおばさんの手。薫子さんのものでした。
さらに、足早に車に乗り込もうとする僕に、『おはよー!松下さん~、頑張りなさいよ~!』と大きな声まで掛けられるのです。
その声にチラッと視線を向けましたが、見たのは薫子さんではなく、隣にいる加代子さんの顔でした。
彼女が見ていたの僕ではなく、元気いっぱいに手を振るとなりの女性でした。
その雰囲気で想像が出来ます。『えっ?!薫子さん…、いつからこんなに親しく?…、』、彼女はそう考えているに違いありません。
『西風さんって、息子。さんと2人で住んでるの?』
加代子さんにそう聞いたのは、その日の夜でした。朝のことが気になり、なにげに薫子さんの名前を出してみたのです。
しかし、彼女からの返事は意外なもの。『薫子さん?私、お一人って聞いてるけど?』でした。
息子の写メを見せられていたので、つじつまの合わない僕でしたが、『ああ、そう…。』と話を終わらせます。
『薫子さんの家に行った。』という事実だけは、やはり彼女には知られたくはなかったからだと思います。
夜10時。照明もつけられないまま、加代子さんのお店の扉が開きます。辺りを気にしながら、僕は楽しんだ彼女の家を去るのです。
出たと同時に内側から掛けられる扉のカギ。『カチャ。』という音が辺りに響きました。
深夜の誰もいない歩道を歩き始め、僕は自宅へと向かいます。
何気に目にした向かえの駐車場。そこに停めてある僕の車が、道路の外灯に照されています。
そして、その外灯の明かりは延び、帰り道に立つ女性の姿までも照らし出していたのです。
『今、お帰り?川田さんのとこにいた?』
その声は紛れもなく、薫子さんのものでした。声を掛けられたことも、加代子さんとのことを知られたのも気がかりに思います。
しかしそれ以上に、このタイミングでこの場所に立っているこのおばさんの存在自体が不気味に感じるのです。
『松下さん?少しだけ時間作ってもらえる?話したいこともあるから…。』
そう言って、自宅へと歩き始めた彼女。先に去られた僕には、『無視をして帰る。』という選択肢もありました。
しかし、加代子さんのことの説明をする必要、そして『私の息子。』と嘘の説明をした彼女の真意が知りたいこともあった。
不気味ながらも、僕は薫子さんのあとを追い、暗い路地へと入っていくのでした。
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