午後11時過ぎ。
加代子さんの家をあとにした僕は、ほんの数十メートル先にある我が家を目指していた。
そして、家の玄関が見えた時、急に横道から飛び出して来た人影。ぶつかりそうになり、思わず『すいません!』と声を掛けていた。
『ごめんなさいっ!』
同時に聞こえてきた謝罪の言葉。それは、年配の女性の声でした。そして、その隣にはもう1つの人影。
シルエットからその姿はとても若く、女性の息子さんだと勝手に理解をしていた。
しかし、それは違っていました。家での情事を終え、元教え子を広い道まで送って出て来た薫子さんだったのです。
翌日の朝、加代子さんのウォーキング仲間の彼女を初めて見たと思っていた僕でしたが、本当はその前日に出会っていたのでした。
『気をつけて…。』
自宅へと入る瞬間、聞こえてきた女性の声。少年は振り返ることもなく、その場をあとにしました。
それよりも気になったのが、女性の声のトーン。それは息子に注意を促す声ではなく、心残りのバイバイのようにも聞こえました。
この二人がそんな関係であることに僕が気づくのは、もう少しだけ後のことです。
数日後の朝。普段より5分ほど家を出るのが遅れた僕は、ウォーキングを終えて話し込んでいる三人のおばさまと遭遇をします。
彼女達の朝のスケジュールは正確で、ほぼ同じ時刻に帰ってくるため、車に乗り込む頃に遠くからその姿が見えて来ます。
しかし、遅れた今朝はすぐそこまで帰って来ていて、幸か不幸か、僕の車が置かれている駐車場の横で話し込んでいるのです。
この状況であれば、嫌でも朝の挨拶をしなくてはなりません。覚悟を決め、玄関を飛び出します。
『おはようございますっ!』
先に声を掛けると、三人のおばさんの口からは次々と朝の挨拶が戻って来ます。もちろん、そこには加代子さんも…。
変に思われたくない僕は彼女に視線を向けることなく、おばさま達の横を通り過ぎていきます。
しかし、その中のある女性の視線を強く感じるのです。チラッと見ると、彼女は僕の方を見ていました。薫子さんでした。
初めて間近で見た彼女は、美人顔をしていました。加代子さんとはタイプは違いますが、美形であることは間違いありません。
頭を下げながら、車へと乗った僕でしたが、やはりそこでも彼女の視線がありました。
『なんだ?この人…。?』、心の中に感じる不快な感覚。美人の方に見られているのに、なぜかいい気はしないのです。
それは、きっとその原因は僕ではなく、薫子さんの方にあるからなのでしょう。
彼女がこの町に引っ越してから数ヶ月、同じ町に住む元教え子の彼との関係は秘密裏に行われて来ました。
公に出来ない寂しさはありますが、それでも二人は幸せだったのです。しかし、彼女はあるミスを犯してしまいました。
その夜、彼を送るためにほんの数分だけ一緒に歩いて出てしまいます。深夜の11時、普段であれば、誰も出歩いていない時間帯です。
しかし、そこには男がいました。ぶつかり掛け、二人の姿を見られてしまったのです。
そして、その家から出て来た男が目の前にいる。彼女の気持ちは、いかがなものでしょうか?
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