車のトランクに乗せられた、ワックスと洗車タオル。それが取り出されたのは、午後3時を回っていました。
奈美さんと別れ、しばらくしてから洗車に取り掛かったのです。遅くなったのは、やはり加代子さんとの仲を聞かれたためでした。
突然の質問に戸惑ってしまっていた僕の姿から、彼女は確信をしてしまったことでしょう。無言ながら、バレた気がします。
ワックスも全体的に塗り終えた頃、大きなエンジン音が聞こえて来ます。左折をしながら現れたバイクは、真っ赤な400CC。病院帰りの奈美さんでした。
彼女は気づくとハンドルを右へと切り、僕の車の後ろへとバイクを停めます。派手なライダースーツ、外したヘルメットから彼女の顔が現れるのです。
『どおー、それ~?…、』
片足を上げてシートから降りると、彼女は僕の車の前でしゃがみ込みます。そして、塗られたワックスを確認しているのです。
親切に寄ってきてくれた彼女でしたが、申し訳ありませんが僕には恐かった。『あの二人、付き合ってるんじゃ?』、なんて思われる近所の目ではありません。
身近につなぎを着ている人がいないため、馴れない僕にはそれがどこか強そうで恐いのです。
カッコいい仮面ライダーV3だって、きっと近くで見れば、大きくて恐いと思います。それと同じ感覚でした。
『タオル貸してぇ~?』
そう言って、V3の手が僕に延びます。手に持ったそれを手渡すと、V3がワックスを拭き取り始めました。
その手はとても馴れていました。車体にキズをつけることなく、ワックスが落とされていくのです。愛車は新車の輝きを取り戻し始めます。
気がつけば、1時間以上も二人で車を磨いていました。汗も掻き、久しぶりに熱心にやっていたのがわかります。
『ありがとう。きれいになりました。』
お礼を言った僕でしたが、そこに見えたのは顔から流れる奈美さんの汗。顔にあれだけ掻いているのですから、スーツの下は大変なことになっているでしょう。
それでも彼女は、『これでいいねぇ~』と他人の車を気づかってくれるのでした。
また少し、奈美さんの魅力が分かったような気がする僕でした。
『ねぇ~?この後、ご飯行かない~?』
それは突然だった。思いも寄らなかった。僕の『へぇ~?』という顔を、ヘルメットを手に持った彼女の目が見つめています。
返事に困る僕に、『川田さんとこの後、会う予定がある~?ないなら、私の方が先だけど…。』と追い討ちを掛けるのです。
確かに約束はしてはいない。しかし、日曜日となれば毎週のように会っていただけに、その返事にも困ってしまう。
『一緒にご飯食べに行くだけ~。それでも、彼女さんに怒られる~?』
そう言われ、僕に浮かんだのは加代子さんの顔だった。もちろん、その顔が怒ることはない。
1時間後、助手席には更に赤い服を着た奈美さんが乗っていました。胸元を僅かに開き、そこには谷間が現れているほど…。
『1時間くらいで帰って来よう。それくらいなら、彼女さんも怒らないでしょ~?』、そう笑顔で言ってくる彼女でした。
しかし、残念ながら、その時間に二人は帰宅をすることはありません。『奈美』という女性によって、僕と加代子さんの二人の歯車は狂い出すのです。
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