『あらら~…、奈美ちゃん…。お祖母さん、どう?…、』
奈美さんが加代子さんのお店を訪ねたのは、あの救急車で運ばれてから1週間のことでした。
『うん…、大丈夫です。』と語った彼女だったが、加代子さんは『そう。よかったぁ~。』と笑顔で言っただけで、それ以上のことは聞きはしない。
やはり、内情を知らないだけに、うかつな言葉は避けたのです。
『あの~?少しいいですか?』
奈美さんの言葉に、『なになに?どうしたのぉ~?』と話を聞いてあげます。それは、病院から手渡された入院のためのしおり。
必要そうなものがそこには書いてあり、自分では分からないことを加代子さんに相談に来たのです。
ここ数年で、旦那さん、そして息子まで亡くしていた加代子さんですから、そういう意味では馴れたところもあります。
ちゃんと、困る彼女の手助けをしてあげるのでした。
『奈美ちゃん?困ることがあったら、なんでもおばさんに相談して。力になるから~…、』
帰り際に言ってくれた加代子さんの優しい言葉は、彼女を勇気づけます。遠くの親戚より、近くのなんとかなのです。
彼女はそのまま、ホームセンターへと向かいます。加代子さんに言われ、自分で用意をしたものより、もっと便利に使えそうなものを買い出すためでした。
この日、もう一度お祖母さんの元へと行くことを決めていた彼女は、お店の中を駆け巡るのです。
『ナオミチさん?…、なにかいいものある~?』
突然、僕の名前が呼ばれていた。最近では名字で呼ばれることが多く、まして『さん付け』で呼ばれてしまったことに焦ってしまう。
呼ばれた僕が振り返ると、そこには同年代の女性が立っていました。ピンク系のシャツとスカート、しかしその姿に違和感しか覚えない。
身体ががっちりとし過ぎていて、広い肩幅にそれは不似合いなのです。
『ああ、奈美さん。こんにちはぁ~!』、慌てていた僕だが、なんとか挨拶は出来たようです。そして、ここで彼女に会えたことを納得をします。
僕が見ていたもの。それはワックスなどが置かれているカー用品のコーナー。バイク好きの彼女なら、ここを訪れるのも当然なのです。
彼女は僕の隣に立つと、『ワックス~?車、黒よねぇ~?』と言って、棚を覗き込みます。僕のために探してくれているようです。
屈んだ背中はとても広く、加代子さんと同じ女性とは思えません。それに棚へと延ばした手は、腕も指も全てが太いのです。
『これいいよー!』
その太い手から渡されたワックス。車好きの彼女が選んだのだから、間違いないだろう。そのまま、買い物カゴへと入れられます。
更に手渡されたのは、洗車用のクロス。何から何までやってくれる彼女に世話好きなのを感じ、少しだけ見直してしまいます。
ただ、がっちりとし過ぎの身体、ブスではないがどのパーツも大きく感じるほどに腫れたお相撲さんのような顔、残念だが加代子さんの足元にも及びはしない。
カートを押し始めると、奈美さんのカートも同じ方角へと進んで行く。彼女も買い物を終え、レジへと向かっているようだ。
そこで見えたもの。それは、奈美さんに振り返ると男達の視線でした。このたくましい身体は目を引き、エロささえ感じるようです。
『なんだぁ~、この女の身体は~。ムチムチやないかぁ~。一度、お手合わせしたいわぁ~。』なんて、考えている輩もいることでしょう。
それは外に出ても同じだった。彼女に誘われ、ファーストフードのお店に入っても、客の目は一度は彼女へと向けられるのです。
たい焼きも食べ終わり、奈美さんとはお別れの時間。僕は車に向かい、ホームセンターの駐車場を徐行をします。
そこにビンクのシャツとスカートを見つけます。奈美さんでした。彼女は歩いてこの敷地を出て行っています。
僕は車の窓を開け、『歩きー?乗せて行こうかー?』と声を掛けました。気づいた彼女は、『いいのー?』と言って、助手席へと乗り込んでくるのです。
『バイクはぁ~?』と聞くと、『この服じゃ乗れん~…。』と聞かされます。バイクにこのスカートなら…、興味のない僕にはそれが分かりませんでした。
家まで5分程度の道のり。我が愛車の助手席に、若い女性が乗るなんて、何年ぶりのことでしょうか。
それに、さっきの男達の目。彼女を気にしてなかった僕も、同性の目があれだけ向けられていた女とならば、やはり意識はし始めます。
話し方にも注意が払われ、たいしたことも言えなくなります。そんな時でした。彼女から言われたのは。
『ナオミチさんって、川田さんとお付き合いしているんですか~?』
車内には、更に会話がなくなります…。
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