おばさんがリビングへと戻って来たのは、僕がソファーへと座ってから20分後のこと。
時計を見れば、21時が見えても来ているのに、おばさんは普段着で現れました。僕に『果物、食べる?』と聞き、そのままキッチンへ。
お風呂であんなことがあったばかりなので、こちらを向くことはありません。まだ、気持ちの整理がつかないのでしょう。
テーブルに切った果物が並びます。おばさんも対面に座ってそれを食べ始めますが、会話が生まれない。
静かな部屋には、テレビの音と黙々と果物を頬張る音だけが鳴り響くのです。
チラッと見たおばさんは、いつものあのおばさんだった。ついにさっき、この女性の身体に触れ、『気持ちよくない?』などと聞いていた自分が信じられない。
時計は21時を回った。多少の会話はあったが、それはあまりに静かすぎる間を埋めるだけのもの。内容などほとんどない。
そんな中、彼女は『今晩、お泊まりする?』と聞いてくる。それはこの後を期待させるものではなく、事務的に聞いてきたようにも思えた。
僕が返事をすると、彼女は一度2階へと消えていってしまう。それは、もう何年も上がったことのない階段。途中で曲がり、螺旋状となっている。
おばさんが戻って来たのは、10分くらいが経ってだった。『準備が出来た。』の言葉もなく、またキッチンへと立つのです。
そんなおばさんに、『いつも何時くらいに寝てるの?』と聞いてみる。返事は『いつもは10時くらいかぁ~?』だった。仕事柄、朝は早い。
しかし、『けど、最近は11時くらいになったかも。』と言う。その理由は、息子である川田くんの死。
夜10時前に息子に夕食を出した彼女。朝早い彼女は、そのまま寝室に行き、眠りについてしまう。
起きてきたのは、深夜3時を回っていた。いつもより早い時間、胸騒ぎがしたのかもしれない。
電気がついたままのキッチン。彼はまだそこにいた。テーブルに顔を伏せ、彼女には寝てしまったように見えていた。
『自分がもう少しだけ一緒に居てやれば…。』、その後悔が、彼女の寝床時間を一時間遅らせてしまっているのでした。
『ナオミチちゃん、もう寝る?お二階にお布団敷いてあるから。』と言われ、僕は席を立った。
しかし、おばさんの言い方は微妙。『一人で寝て。』とも取れる。彼女はキッチンの電気を消した。そして、僕よりも先に廊下へと出て、照明をつける。
最後にリビングの照明が消されると、一階の部屋は全てが消灯をしたこととなる。
おばさんは階段を上がり始めると、『足元、気を付けてねぇ?』と言い、僕を先導して行ってくれる。もう、彼女も眠るつもりなのだ。
二階へと上がると、奥の部屋へと連れていかれる。すでに照明がつけられていて、そこにはダブルベットが置かれていた。
『この狭い階段と廊を、ここまで運んで来たのだろうか?』と、何年も前の他人の苦労を勝手に想像してしまいます。
そして、先に部屋へと入ると、後ろに立つ彼女から、『私、どうしたらいい?一緒に寝た方がいい?』と聞かれます。僕も彼女も決断の時です。
扉は閉められました。その扉を閉めたのは僕です。彼女の寝室なのに、僕が彼女を招き入れるのです。
※元投稿はこちら >>