【act 8 ~ 綻び ~ 】
土曜日の朝、僕は駐車場で愛車のワックス掛けを行っている。そこから見えるのは、この日もオープンをしている加代子さんのお店。
先程、お店から顔を出した彼女と目を合わせたばかりの僕は、今も見ているのかどうかも分からない彼女の視線を気にしながら、車を磨きあげている。
そこに一台の乗用車が減速を始めたのが見えた。停まったのは加代子さんの駐車場。本日初めてのお客さんが訪れたようだ。
ドアが開き、降りてきたのは40代くらいの男性。もちろん、彼が何者なのかは僕は知るよしもない。
男性は信号が青になるのを待ち、横断歩道を渡っていく。そして、彼女のお店の中へと消えていった。
車のワックス掛けも、いよいよ終わりに近づいている。しかし、僕の目は満足に愛車には向けられてはいない。
見ていたのは、彼女のお店のレジの辺りで話し込んでいる二人。その男性は、かれこれ40分近くも加代子さんのお店に入ったままなのだ。
洗車道具を片手に持ち、僕は自宅へと戻った。その足で向かったのは自分の部屋。換気のために開けていた窓から見るのは、もちろん停まっている男の乗用車。
1時間が過ぎてもその車は動くことはなく、男性が乗り込んだのは更に30分もあとのことでした。
『誰だ、あいつ?』
心に僅かに灯った歪んだ感情。しかし、それはその男性には向けられてはなかったと思う。彼と長く立ち話をしていた加代子さんに…、だったのかも知れない。
訪れた男性の名は『大野雄大』、41歳。彼が初めて加代子さんのお店を訪れたのは、30年近く前のこと。その時は、母親と一緒でした。
その後、彼が訪れることはなく、常連客となったのはその母親の方。加代子さんのことを気に入り、何度もこのお店に足を運んでいたのです。
その母親も年を重ね、代わりに彼が訪れたのは、2ヶ月前のこと。『大野の息子です!』と伝えた彼に、加代子さんは満面の笑みを返していました。
二度目の来店の時、彼は相談を加代子さんに持ち掛けていました。そして、広げられるカタログ。
加代子さん自身もそう扱ったこともない商品を二人でカタログを見ながら探すのです。焦る彼女、普段にはない手際の悪さを露呈してしまいます。
しかし、大野にとってその時間は苦痛にはなりませんでした。彼が欲しいものではなく、母親が欲しがっているものだからです。
カタログに向けられていたはずの彼の視線は、いつしか加代子さんの方へと向けられていました。
『このおばさん、かなりの美人やなぁ~。胸もデカいなぁ~。』と、そんなことばかりを考えてしまうのです。
ようやく、それらしい商品が見つかり、彼はその場で注文を掛けます。『本当にその商品でいいのか?』なんて関係ありません。
熱心な加代子さんの対応を見せられては、彼も『それじゃない。』とは言えなかったのです。
『1週間くらい掛かるよぉ~?』と言った彼女。大野さんの息子さんと聞かされ、思わず馴れ馴れしい口調が出てしまったのです。
しかし、それは逆に彼の心にある思いを生ませてしまっていました。『面白いおばさんやなぁ~…。ほんと、付き合いやすいわぁ~。』と。
その彼が次に訪れたのは、2日後のことでした。商品が入荷するのは、まだ数日先なのにです。そこで彼は、訪れた3人のお客を見送っています。
実に1時半も、このお店で加代子さんと他愛もない世間話をして行ったのです。
そんな彼は数分後、ある場所からある人物へ電話をしています。
『60くらいの細身のおばさんおるか?美人やぞ、美人!』
それは馴染みの熟女専門のデリヘルサービス。電話を終えた彼はホテルのベッドに横たわり、腕を枕にして天井を見上げていました。
頭の中は、数分後に訪れるであろうデリヘル嬢のことでいっばいでした。その女性を加代子さんの代わりにしてやろうと考えていたのです。
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