【act 7 ~ 願い ~ 】
我が家に珍しく子供の声が響いていた。それは歩き始めたばかりの女の子。家の中を歩き回るその姿は、まるでおもちゃである。
その隣で見守る母。去年、この娘を産んだ従妹のあゆみ。僕より1つ年下だが、もうすっかり母親の顔になっている。
娘を見せるために、僕と母の元を訪れてくれたのだった。
お昼前になり、『あゆみ、奢るから何か食べに行くか?』と誘ってみました。彼女もそのつもりだったらしく、すぐに出掛ける準備に入ります。
母は『ちょっとトイレ…。』と言い、僕は娘の手を引いて玄関を出ました。外はすぐに道路があり、心配な僕は子供の手を握って離しません。
すると、従妹のあゆみが『こんにちはぉ~!』と挨拶をし、誰かに頭を下げています。気がつきませんでした。
歩いて買い物へと向かう、加代子さんだったのです。
加代子さんは僕に目を向けることはなく、『あら~、可愛いねぇ~?』と子供を見て、笑顔を見せています。
もちろん、あゆみとは面識はないのですが、わが家から出て来たことで、加代子さんも親戚の子供だとは理解をしたのでしょう。
あゆみも、『おばさんに、こんにちわはぁ~?』と子供に言いますが、まだ喋ることも出来ない娘は反応が悪い。
立ち止まることもなく、こちらを向きながら立ち去ろうとする加代子さんに、『バイバイはぁ~?』と娘に言うと、彼女は僅かに左手を上げました。
きっと、覚えたばかりの『バイバイ。』なのです。そんな子供に、加代子さんは、『あっ、バイバイ~…。』と笑顔で手を振り、去っていきます。
それは、ほんの少し訪れた和やかな時間。しかし、照れくさそうに去っていく加代子さんに、僕はどこか疑問を持ってしまうのです。
『さっきの人、だれぇ~?近くの人?』
昼食中、何気に質問してきたのはあゆみでした。何があったのかを知らない母は、『?』と言う顔をしています。
仕方なく、『ああ、近所の人…。』と答えますが、僕の顔を見た母には、それが加代子さんであることは伝わってしまったみたいです。
『ああ、川田さん?』とだけ言い、もうその話題には触れることはありません。母も、色々と考えるところはあるようです。
気がつけば、季節は夏。
あれから、一年が経ちました。あれとは、川田くんの命日です。彼が亡くなってから、もう一年も経ったのです。
その日曜日、僕は仏壇の前にいました。手を合わせ、彼を弔うのです。あれから一年、何度この前に座ったことか。
最初は参ることに不馴れだった僕も、だいぶ上達をしたようです。手付きももう、馴れたものです。
しばらくして、加代子さんがお盆に飲み物を乗せて現れました。普段とは違い、一周忌に訪れた僕にはお客様用のコップが差し出されます。
『ありがとうねぇ~。』、そう言う加代子さんも、どこかあらたまったようにも見えます。
仏壇の前では、普段とは変わらない会話が行われていました。その席で何気なく、僕は彼女にこう聞いていました。
『何か欲しいものとかある?』、なにか物品的な回答を求めていたのだと思います。しかし、彼女の答えは少し違うものでした。
『私~?私の欲しいもの~…。この前の親戚の方~?赤ちゃんを連れていた方…。あんな可愛い孫がいたらなぁ~って…。』
その言葉に、僕の笑顔は消えました。何気に聞いてしまったことに、少し後悔すら感じてしまうのです。
加代子さんには、子供は川田くんしかいません。つまり、彼が亡くなった以上、彼女は自らの子孫をその手に抱くことはもう出来ないのです。
それが一番の心残り。そして、あゆみの娘を見送る時の違和感。子供をあやし馴れてないことに対してでした。
それは加代子さんが、この川田家に嫁いでしまったことに始まっています。
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