高校を卒業して、すぐに就職をした今の会社。後輩も出来、僕ももう馴れたはずである。しかし、今日ほど集中を出来ない日はない。
おそらく、加代子さんのところに行って、話をしているであろう母親のことが気になって仕方がないのです。
僕がそう思っていた2時間後、母は加代子さんのお店の入口をくぐっていました。母が訪れると扉は閉められ、一時休店が掲げられたと言います。
そして、母を迎え入れたリビングで二人の母親の話し合いが行われました。母は先に、昨日、頬を叩いたことを謝っています。
そして、息子の僕とのこれからのことを加代子さんに迫りました。迫ったのではなく、『もう、別れてくれ。』と求めたのです。
僕が帰宅をしたのは、6時半を回っていました。夕食を出す母は何も口にせず、僕からも聞くことは出来ません。
お風呂から上がってもそれは同じで、二人の話し合いがどうなったのかはわからないままでした。仕方なく部屋へと向かった僕。
手にスマホを握りますが、その結果がよくわからないだけに加代子さんへの連絡も出来ません。八方塞がりになってしまいました。
午後9時を過ぎた頃、『ちょっと入ってもいい?』とようやく母が現れます。入ってきた母の表情は普段通りで、やはり良い結末を持っているようです。
つまりは、僕にとってそれは良くないことなのでしょう。
『今日、川田のおばちゃんのところに行って、お話しして来たから。』
母は入るなり、そう言って来ました。しかし、次に出たのはその結果ではなく、『あの人、どんな人~?』と逆に僕に聞いて来たのです。
僕よりも長く付き合いがあるであろう母でさえ、この日の加代子さんの言動はよく分からなかったと言います。
『何がぁ~?』と聞くと、『お前をくれって…。自分にくれって…。あんな人だとは思わなかったわ~。』と母も理解が出来なかったそうです。
母は僕のいるベッドに腰を降ろすと、更に話を続けて来ました。それは説明と言うよりも、僕に同意を求めて来ようとするもの。
加代子さんに対する不審でした。
『息子さんと私がそんな関係になったら?って聞いたら、『許せる。』やって。』
『旦那さんどう思ってると思う?って聞いたら、『覚悟を決めてみんな捨てました。』やって。』
『頭に来て、うちの子とセックスしてるんか!って聞いたら、『愛してもらってます。』やって。』
『あの女、ちょっと頭おかしいんと違う?あんな人だとは思わなかったわぁ~。』
話をまくり立てて来る母に、『それで?』と聞いていました。母は話を続けますが、それはどれも加代子さんから聞いていたことばかり。
他人には不審に思う話しでも、僕達には普通のこと。この一年、そうやっていろんなものを捨てながら、僕達は愛し合って来ていたのです。
『おばちゃんのところに行ってもいい?たぶん、寂しがってるから…。』
僕の言葉に、笑っていたはずの母の顔が強ばります。母は利き腕である右手を振り上げ、僕の頬を叩くチャンスを伺っているようです。
叩かれても構わない僕は、そっと顔を上げました。しかし、その手が振り下ろされることはありません。上げた手は降ろされ、母は一つ大きく呼吸をします。
そして、『あの人のところに行きたいなら、行きなさい。』と笑って言ってくれるのでした。
僕は飛び出し、加代子さんの家へと向かいます。母は呆れたような顔をして、その背中を見送ってくれるのです。
あれだけ反対をしていた母。もちろん、別れさせようと彼女の家へと向いたはずでした。
しかし、普段とは違う加代子さんの言動に驚かされ、半ば言いくるめられる形で帰って来ていたのです。
それは、自分の寂しさをハッキリと話して来てくれる加代子さんの姿でした。旦那も息子も失い、誰もいなくなった家。
そして、60歳を過ぎても性を求める女の感情。最後にはあの真面目な加代子さんが、自分の手で身体を満たせていることまで正直に口にしてくれていました。
あまりに真剣に話す彼女の態度に、父に逃げられた母も、『少し分かる気がする。』とどこか自分とシンクロをしてしまったのでしょう。
そして、最後に加代子さんは泣きながら、『ごめんなさい…、ごめんなさい…、』と床に手をつきながら何度も謝ったと言います。
心配をして寄り添う母に対し、『お願いです。…、ナオミチちゃんを私にください…、お願いします…、私にください…、』と泣きながら懇願をしていました。
言われた母はその背中を抱き、同じように涙を流して泣いていたと言います。
それほど仲の良くはない二人。しかし、子を持つ二人の母親、旦那のいない二人の妻、年配となった二人の女、と二人には共通点はあったようです。
『川田さん?あいつ、私の男よぉ~?貸してはあげるけど、最後にはちゃんと返してよぉ~?』
母は最後にこう付け加えていました。
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