『あんたぁ~!明日、話しようやぁ~?今日は、このボケとゆっくり話しするからぁ~!』
二人の関係を見つけ、頭に血が上った母だったが、ご近所に気を使ったのでしょう。それはとても小さな声でした。
加代子さんにそう伝えると、母は彼女の代わりに助手席へと座り込んで来ました。『車、出してっ!』と言われ、僕の車は走り始めます。
バックミラーから見える加代子さんの姿。店の扉を開き、中へと消えて行きます。その姿を見て、『もう終わり…。』と覚悟を決めるのでした。
母を乗せた車は、母の指示を受けながら走り、誰もいない小さな港に着いていました。母は一度車から降り、両手に缶ジュースを持って帰って来ます。
それを僕に手渡すと、母は自分の怒りを冷ませるようにかなりの量のジュースが飲み干されていきます。
そして、『もうやめて…、あんな女のどこがいいの?…、』と声を掛けてくるのです。その声は震えていました。
怒りを通り越し、悔しくて涙が出そうになっているみたいです。
『ダメかなぁ~?』
母に探りを入れるためか、軽くそう聞いていました。しかし、その軽さに、『当たり前やろぉ~!!』とまた怒りを感じてしまったようです。
『あの人、いくつよぉ~?!お前、考えてもわからん~?本当にそんなこともわからん~?』、母は必死だった。
僕の返事によれば、これから1からの教育が必要だと考えていたからです。
『好きになったから…、じゃダメなん?おばさんのこと好きになったんよお~。仕方ないやろ~?』
なんとか絞り出した言葉だったが、それは母が期待をするものではなかったようだ。
『どこがいいの、あんな女~!私、絶対ゆるさんよぉ~!それでも川田のおばちゃんがいいなら、もう家を出て行き~!好きにしなさい!私、知らんから~!』
母はそう言うと、僕の言葉を待っていた。きっと分かってくれるだろうと、息子を信じてくれていたのです。
しかし、その思いは届きませんでした。『僕、おばさん取るわ。』の言葉に母の気持ちは折れてしまうのです。
『好きにしなっ!』とドアを開け、どこかへ行こうとする母。もちろん、こんな辺鄙なところに降ろせる訳もなく、母を追います。
『もう知らんっ!知らん知らんっ!』
母はこの一点張りでした。『とりあえず乗りなよ。こんなところから、歩いて帰れんやろ~?』と言っても、聞く耳を持ちません。
ただ、真っ直ぐまえを向いて歩いていくだけです。それでも追い掛け、母の腕を掴みました。
『離してっ!触らんとって!』と強く言う母でしたが、もうその言葉が震えていました。悔しくて泣いているのです。
歩いていた母の足が止まり、『なんで、あんな女なのよぉ~~!…、』と抱き締められ、そして泣き崩れてしまうのでした。
そんな母を車に乗せ、落ち着くのを待ちます。しかし、落ち着く様子などはなく、ただ声を引きつらせて泣いていました。
あれから何分くらいが経ったでしょうか。ようやく、母からもすすり泣く声が消えて行きます。なんとか落ち着こうと、彼女自身も頑張っているようです。
そんな母が声を震わせながら、こんなことを聞いて来ます。
『あの人とどこ行ってたの~?ホテル行ってた~?』
『もう、身体の関係もあるんでしょ~?』
『あんた、川田くんに会わせる顔あるの?』
それは、やはり母親として、人として気にするところ。肉体関係の有無。そして、幼なじみである死んだ息子への二人の気持ちでした。
僕は正直に、母に話していました。声を震わせながらも、ちゃんと話を聞いてくれるのです。しかし、最後の返事には納得はしなかったようです。
『川田もきっと、僕とおばさんのことはもう認めてくれていると思う。』という言葉に母は理解を示しませんでした。
『そんなはずないやろっ!』と言い、母の中で言葉を探し始めてます。そして、出たのがこの言葉でした。
『なら、もしお母さんと川田くんが肉体関係を持ったりしたら、あんたはどう思う?納得して、認めたりする?
川田くんのお母さんも同じよ?私と息子さんに何かあったら、普通ではいられないと思うわよ?お母さん、何か間違ってる?』
正論だった…。
もしも立場が逆なら、きっと僕も加代子さんも普通ではいられはしない。僕達が言っていたのは、当事者だからの言い訳に過ぎないのだ。
そして、母は言う。
『お願い…。別れて…。もうこんなこと、ヤメにしてて…。』
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