5月2日…。
前の日から降っていた雨も明け方にはあがり、太陽が顔を出していた。午前8時になり、一人の女性が僕の家の前を歩いていく。
首元がキュッと締まった紺色のワンピース、黒いヒールを履き、手にはハンドバッグを持っていて、彼女は今からどこかへお出掛けをするようである。
その姿が見えなくなった頃、僕も我が家を飛び出していた。車を走らせ、向かったのは僅かな距離のところにある地元の駅。
その地下駐車場へと車を停めると、前日からトランクの中へと入れてあった2つのキャリーバッグを取り出していた。
それを両手に持ち、駅の方へと向かうのです。
まだ朝の8時過ぎだと言うのに、駅の中は混雑をしています。ゴールデンウィークを楽しもうとする家族の姿がそこにはありました。
そんな待ち合い席に、さっき見た女性の姿を発見します。近づくと、その女性は僕に気がつきましたが、すぐに目をそらせました。
しかし、それでも隣の席へ座ると、その顔からは笑みが溢れるのです。
『約束は…、ホームだったでしょ?』
その声は呆れていました。昨日の夜、散々話をしたはずなのに、僕がそんな約束など守る気がなかったとわかったからでした。
一目を避けるため、会うのは駅のホームと決めていたのです。
『これ…。』と言って、片方のキャリーバッグを彼女へと渡しました。その中には、昨夜彼女が詰め込んだ衣服や旅館用の小物が入れられているはずです。
受け取った彼女は、『私、先にホームに行ってますから。』と席を立ちました。しかし、すぐに立ち上がった僕を見て、ここでも呆れ顔になるのです。
『行こうっ!』
そう言って、掴んだ加代子さんの手。一目など気にすることもなく、改札口へと向かいます。掴まれた彼女ですが、もうこうなると強いものです。
手は僕の腕に掛かり、ちゃんと後を着いてくるのでした。
ホームへの階段を登ります。バッグが重く、彼女も少しツラそうです。手を引く僕が見たもの。それは加代子さんの腰に巻かれたベルトでした。
キュッと締め付けられ、ワンピースのお腹周りがハッキリと現れてしまっています。しかし、それは見事なくびれを作っていました。
この数ヶ月の夕方にやっていたウォーキングの成果が、いよいよ現れて来たのです。体重は3キロ落ちたと言っていました。この年で3キロは立派。
それよりも、たるんでいたものが引き締まったようで、お腹もお尻もだらしなさが、かなり解消をされたみたいです。
電車を乗り継ぎ、僕達は岡山駅にいました。後は在来線に乗り替え、愛媛県を目指すだけです。時刻はお昼前になっていました。
昼食を取った僕達は一気に四国へと渡り、香川県、そして目的地である愛媛県に到着をするのです。
人混みの消えた在来線。二人の手は繋がれたままでした。汗ばんでいても、離すはずはありません。お互いの気持ちを確かめ合う旅行でもあるのですから。
目的地である道後温泉に着いたのは、午後3時過ぎ。温泉街が一気に広がって来ます。そして、見えたのがあの有名な建物。
映画『千と千尋の神隠し』のモデルとなった本館でした。もちろん、加代子さんとはここでお別れとなりやす。
僕はワクワクしながら、温泉へと入って行きます。
なんだろ?フルチンのおっさん達。そして、決してきれいとは言えない古い造り。あの映画のせいなのかちょいと不気味な感じがします。
おかげで、必死で頑張った僕でしたが、15分が限界で先に出てしまうのでした。
賑わう休憩所で待っていると、あの青いワンピース姿が見えて来ます。僕に気づいた彼女は、『いいお湯だった?』と聞いて来ます。
その顔は赤く、火照る身体からは温泉の匂いがしていました。
旅館へのチェックインは、それから1時間後。とても大きな旅館で、この中も観光客で賑わいを見せています。
さすが名のある温泉地。この街は、お祭りでもしているかのように感じるのです。
キーが渡され、僕達は部屋へと向かいます。長かった道のり。ようやく、二人だけの時間が訪れようとしています。
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