僕はソファーに座る彼女の前で、床に膝をついていました。目を合わせようとしない彼女を、それでも見つめます。
それは、きっと母親に謝ろうとしている姿。何か言ってくれるのをじっと待っている子供のようです。
ようやく、母の目が僕を見つめました。その瞬間、『すいませんでした…。』と謝ります。そして、恥じることなく、その名前を出しました。
『川田のおじさんです…。加代子さんの旦那さんが…、僕には重荷なんです…。すいません…。』
その名前を聞き、加代子さんの目が変わります。自分の旦那さんの名前を出されたことで、彼女も普通ではないことに気づいたようです。
『私の旦那さんが、なに?…、なにか、あった?…、』
『見えるんです…。加代子さんの背中から、たまにですが、旦那さんの姿が見えるんです…、それがツラいんです。…、』
『どういうこと?ちゃんと話してください…。』
『あなたが好きです…。本当に好きです…、』
『私の旦那さんが、それをジャマしてるの?だから、あんなことになっちゃったぁ~?…、』
『はい…、すいません…。』
『私、聞いたよねぇ?なにかあった?って。どうして言ってくれなかったの?私から嫌われると思った?…、』
『すいません。おじさんと比べられるのが、怖かったんです…。たぶん…。』
加代子さんの顔は見れなくなっていました。その顔を見るのも、こんな顔を見られるのもイヤだったんです。
しかし、彼女は母親ではなく、妻でもなく、女として僕に答えてくれるのです。
『正直にお話をしてもいい?私も、旦那さんの姿はまだ出てきます。これは本当です。ただねぇ、あなたといる時は別よ~?
そんなこと考えてたら、あなたに失礼でしょ?あなたもイヤでしょ?だから、あなたといる時は旦那さんも息子も私の中にはいません…、
どこかは分からないけど、置いてきているつもりでいます。わたしもそれくらいの覚悟でお付き合いさせてもらっているつもり…。』
その言葉が、僕に重くのし掛かっていました。年齢、家族、いろんなことを考えたら、大変なのは絶対に加代子さんの方です。
それだけの覚悟がなければ、身近すぎるこんな僕とは付き合うことなど出来ないのです。
加代子さんの顔を見ました。家族の話をしたことで、きっと泣いていると思っていました。しかし、その目は真剣で、じっと僕を見ています。
『こんなおばちゃん、嫌いになった?旦那さんも子供もいるこんなおばちゃんなんか、もう愛してはもらえない?…、』
ようやく、涙が溢れてくれていました。彼女の身体を抱き締め、その肩へと涙は流れていきます。
それは加代子さんも同じこと。僕に抱き締められ、ソファーへと押し倒されると涙が浮かんでいました。
僕を納得させたことに母親としてではなく、女として満足をしているのです。
『ナオちゃん、私はもうあなたしか見てません。旦那さんも見てません。あなただけです。あなたにこうやって抱いていて欲しい…。
ここにいて欲しいのは、あなたです。他の誰かにいて欲しいのではありません。…、それが、私の気持ちです…。』
加代子さんの口から伝えられてくる彼女の気持ち。しかし、僕はいったい、どれだけ自分の気持ちを彼女に伝えることが出来たのだろうか。
そして、届けられる一通の封筒。この中身のものは、どれだけの僕達の愛を育んでくれるのだろう。
それとも…。
※元投稿はこちら >>