先にベッドへと入った僕は、鏡の前で座る加代子さんの後ろ姿を見ていました。ターバンのように巻かれたタオルが外され、濡れた長い髪が垂れ下がります。
それを、手に持たれたドライヤーが、『ゴォ~~』と言う音と共に乾かして行きます。解れ始めていく黒い髪。
勝手にカールをして行くのは、癖毛なのでしょうか。乾き終えるとブラシが解き始め、それはゴムで後ろで束ねられました。
鏡の目は、自分を見ている僕をチラチラと見ています。誰かに見てくれている喜びなのでしょうか。その目は微笑んでいました。
鏡の上の照明が消され、パジャマ姿の彼女が立ち上がります。振り向いた加代子さんは、『明日は何時~?』と僕に聞いて来ました。
仕事の僕はどうしても一度家へと帰る必要があり、『6時。』と答えます。すると、『なら、5時45分でいい?』と返されました。
それは逆算をした彼女の返事。長く主婦をしていた彼女の経験からのものなのでしょう。その15分は、僕の朝食時間のことまで考えられているのです。
厚い布団がめくり上げられ、加代子さんの身体がベッドへと入って来ます。僕に負担が掛からないよう、気を使った入り方です。
彼女は天井を眺めましたが、それは一瞬のこと。自然とその身体は僕へと傾き、手は胸元へと置かれました。
目を閉じた顔は肩につき、僕へと寄り添うのです。
僕の手も彼女を迎え入れます。腕枕をした手が、彼女の頭を更に引き寄せて行くのです。加代子さんの手は僕の胸を抱き、足は絡みついて来ます。
そんな彼女は、さりげなく話し掛けて来ました。それは、僕にとっては何でもない会話でした。きっと彼女も同じなのです。
しかし、彼女は語り、僕がそれをただ聞いていました。内容など関係ありません。その行為が大切なのです。
加代子さんは気づいているのだろうか。セットをする自分を男が見ていたことを。こうやってベッドの中で寄り添い、他愛もない話を男にしている事を。
出来れば気づかないでいて欲しい。二人が今していることは、きっと何年も彼女と旦那さんとしていたこと。夫婦がしていたことなのだろうから…。
加代子さんに押されたリモコンが、ゆっくりと部屋の照明を落としていきます。明かりは消灯までは、薄暗くなったところで停められました。
すると、耳元で彼女がこう言います。『欲しい…、私、あなたが欲しい…。』と。それはとても甘い言葉でした。
僕の胸を掻くその手からも、彼女の気持ちが伝えられて来ます。
『僕もです…。』
そう言った僕は、彼女の上へと身体を乗せ始めて行きました。甘く重なっていく唇。『チュ…、チュ…、』と音をたてますが、それはとても軽いもの。
それでも、お互いの気持ちは伝わってしまうのです。
僕にとって、それは初めての経験でした。どうしてなのか、女を抱こうとしているのに緊張がない。あるのは、興味だけ。
それはきっと、目の前の女性を『女』だと意識をしていないのだろう。僕に見えているのは女ではなく、『妻』なのだ。
僕は抱きます。これから、妻を抱きます…。
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