数分ぶりに仏壇の部屋の扉が開きます。広げていた座布団は元のように重ねられ、息子の遺影も壁へ戻されています。
部屋から出て来た加代子さん。バスローブを身にまとうその身体はどこか重い。曲がり気味の腰を伸ばし、同じ体勢で固まった身体を解すのです。
その手には、息子がいたずらをしたコピー用紙。そして、小さいながらも息子の男性器代わりとなっていた、仏壇のロウソクが持たれています。
そのまま風呂場へと向かい、シャワーを浴びる彼女。考えるのは、己の愚かさ。従弟、そして実の息子で身体を慰めてしまった、羞恥。
やっていたことはまさに畜生、ケダモノのやること。快楽に溺れている時には感じもしないが、ふと我に返るとそんな思いばかりが浮かんでしまうのです。
昼食を済ませた加代子さん。ソファーへと座り、テレビで再生を始めた韓国ドラマを観ています。主婦としての仕事も済ませ、後はもう彼女の時間なのです。
それは2時間にも及んでいました。しかし、その内容など頭には入ってはいません。頭の中を、いろんな思いが掛け巡っていたのです。
午後3時を過ぎ、彼女は一度物置部屋へと向かっています。ただ、そこでは何も行われず、結果彼女は誰もいない家の中をウロウロとしているだけ。
それに気づくと、また寂しさだけが込み上げてくるのです。そして、その手にはずっとスマホが持たれたまま。
『この寂しさを紛らわせてくれるのは、彼しかいない。』、心では分かっていても、誘いを断ってしまったプライドがその電話を掛けさせませんでした。
1階の照明は全て落とされ、昼間だと言うのに薄暗さが漂います。階段を上る音だけが虚しく響きながら、彼女は2階へと立つのです。
そこに見えるのは、暗い廊下。新築をされた時には義理の祖父母もいて、昼間でもこの廊下の照明が消されることなど、ほとんどなかったと言うのに…。
加代子さんはドアノブを握り締めました。扉を開き、照明をつけると、そこには生前息子が使っていた部屋が広がります。
そっと足を踏み入れ、ベッドに腰を降ろして、部屋を見渡しました。息子が亡くなってから、ほとんど手のつけられていないこの部屋。
そこで彼女は、『あれはこうしよう。』『あれは、もういらないかなぁ?捨てようか?』と、シミュレーションを始めました。
それはどこか楽しく、頭の中では次々と部屋が片付いていくのです。
午後3時過ぎ、僕のスマホは一度だけ輝いていました。しかし、それはすぐに切られていて、寝ていた僕が気づくことはありません。
ほぼ同じ時刻、ある男のスマホも鳴っていました。スマホでゲームをしていた彼の手はすぐに反応をし、その電話を取っています。
『加代かぁ~?どうしたのぉ~?…、』と聞いた彼の耳に聞こえて来たのは、彼女の寂しげな声でした。
彼は何も聞かず、『そっちに行くわぁ~!』とだけ答えると電話を切ってしまうのです。
午後6時。目覚めた僕は、スマホの着信に気がつき、三度のダイアル、2通のLINEを送っています。
しかし、加代子さんが電話を取ることはなく、LINEも『既読』にはなりません。
家を飛び出し、彼女の元へと向かいますが、扉は閉じられており、チャイムもないこの家を仕方なく去るのでした。
暗くなった道を、とぼとぼと帰っていく僕。その背中は、唯一1つだけある彼女のお店用の駐車場に、見知らぬ乗用車が停まっていることを見過ごしています。
加代子さんのスマホが鳴りました。しかし、それはマナーモードとなり、そしてバイブすら消されていました。
そんなスマホでしたが、彼女の目は見ています。画面に『ナオミチくん』と表示されているのを、しっかりと見ていたのです。
それでも、その電話には出ることはありません。訪れた年配の男性の胸は、今の彼女にはとても心地よかったからです。
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