目の前のいるのは、60歳を過ぎたおばさん。その女性は恥ずかしげもなく大粒の涙を流し、見つめる目は僕を必要としてくれている。
自分一人では解決することが出来ない悩みを抱えてしまい、それがとてももどかしくて、もうやりきれなくなっているようだ。
手に持っていたコンドームはどこかへ捨てられ、僕は床に膝を着いて座り込んでしまっている加代子さんに近づいていく。
腰を屈めると、彼女の腰が上がって行きます。両手を前へと延ばし、その手を僕の首に回して来るのです。
強い力でした。彼女にこれほどの力があったなんて知りませんでした。『助けて…、お願い…、』と言い、僕にすがりついて来ます。
『なにがあったの~?』と聞いた僕でしたが、今はその返事は聞けそうにありません。あのおとなしい加代子さんが、そこで号泣を始めたからでした。
しばらくして、彼女はソファーへと座っていました。茫然とした顔をしていて、もう少し時間が掛かりそうです。
僕はキッチンへと向かい、彼女が入れ掛けていた紅茶を温め直します。『私…、する。…、』と立ち上がり掛けた彼女は、制止をしました。
『はい、どうぞぉ~~!』、彼女の前へと紅茶を差し出した僕。その声はいつもよりも大きく、彼女を元気づけようともしていたと思います。
しかし、それは自分自身の怖さを払拭させるもの。この後、加代子さんの口から語られるであろう男の存在を僕も恐れているのです。
『田崎信哉って言います…。おばちゃんの従弟です…。』
その言葉に緊張が走りました。相手は従弟だと言うのです。僕の頭にはもう、その顔も知らない従弟と彼女がこの部屋で愛し合った場面しか出ては来ません。
しかし、それは違ったようです。彼女の口から次々と語られていく真実に、その男性の異常さを感じてしまうのです。
『ダメな子でしょ…。お母さんも大変でしょうねぇ?…、』
そう彼女は最後に呟いていた。彼よりも、高齢となる彼の母親を思いやっていたのです。
レイプ紛いの事実、そして残されていたコンドーム。それは彼女の話の全てを納得しようとする僕の心の妨げとなっていた。
それを鵜呑みにして、後からバカを見る自分が怖かったのかも知れません。そんな僕は加代子さんにこんなことを聞いていました。
『ちゃんと話をしてくれてありがとうねぇ~…。僕がなんとかします。だから…、僕のこと、愛してください。お願いします…。』
それはきっと卑怯なやり方。窮地の彼女には、選択肢などないのですから。
『なにを言ってるのぉ~…、私はずっと好きよ、あなたのことが好き…、お願いしたいのは私の方…、こんなことで、嫌われたくはない…、』
僕の認識が甘かったことを痛感させられました。彼女はきっと、僕が思うよりもずっと僕を愛してくれていたようです。
愛情表現の苦手な加代子さんですが、彼女なりのやり方でちゃんと愛を伝えてくれていたのです。
加代子さんのスマホが、ダイアルを始めていました。『あっ、信哉さん?』、出た相手に彼女はそう声を掛けました。
しかし、彼女が話が出来たのはたったそれだけ。スマホは僕の手には取られ、『ねぇ?ちょっとこっちに出て来てやぁ~?』と僕の声が響きます。
電話の向こうの男の言葉が途切れます。きっと僕がだれなのかも分かり、ただならない雰囲気も感じとっているようです。そして、
『あっ!すいません、私、今ゲームしてるんで…、オンゲーです…、だから忙しいので、切らせてもらいますねぇ?…、』
ある意味、手強そうです…。
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