12月31日。紅白歌合戦も終わろうとしていた23時40分。川田くんの家の扉が開きます。中から現れたのは、防寒着を着込んだおばさんでした。
家の前にはエンジンを掛けたままの僕の車が停まっており、彼女は『寒いねぇ?』と言って車に乗り込みます。
車は西へと向かいました。深夜ですが、数人の人とすれ違います。彼らが向かっているのは神社。みんな、初詣へと出掛けているのです。
『初詣、一緒に行ってもらえん?』、彼女に言ったのは仕事納めとなった28日のこと。もちろん喪中のおばさんには丁重に断られました。
『なら、近くまで。行こぉ~。』、それでも断られましたが、諦めない僕に、最後はおばさんの方が根負けをしてしまったようです。
車は、神社の近くにある小さなお好み焼き屋さんの駐車場へと停められる。もちろん閉店をしてますが、ここは僕の馴染みのお店なのです。
そして、ここはちょっとした住宅地。家から出来た家族が神社へと向かって行っています。
それを見たおばさんは、『ナオミチちゃんもお詣りして来て。』と言ってくれます。もちろん行きません。僕の目的は初詣ではないのです。
『ゴォーン~!ゴォーン~!』という除夜の鐘の音。正月を待たずに何度も何度も繰り返されて、それは鳴り響きます。
今年いろいろとあり過ぎたおばさんは、神社のある方向を見ながら、考え深そうな顔でそれを聞いています。
僕はそんな彼女の手を取ります。一瞬ビクッとした彼女をでしたが、その手を払おうとはしませんでした。
指から絡んだ手を、握ってもくれました。落ち着くののかもしれません。
『お正月ですね。』、時間は0時を越え、新年を迎えています。遠くで花火があがり、船の汽笛も聞こえています。
窓の外を眺めながている彼女が、『早いねぇ。』の答えました。喪中の僕たちには、『おめでとう。』はありません。
手を繋いだまま、ゆっくりと時は流れ、気がつけば20分以上も経ってしまっていました。
『帰る?』と言ったのはおばさんでした。『そやねぇ。』と彼女の手を離し、ハンドルを握ります。
おはさんも手を繋ぎ合っていたことに気がついたのでしょう。照れたのか、すぐにその手を膝の上へと戻しました。
その瞬間、僕の腰がシートから浮き上がります。左手は僅かに彼女の肩へと乗せられ、目の前におばさんの顔が現れます。
『ほんとにあのおばさんだ!』、当たり前のことに気づく僕。彼女の目はまだ状況を理解してはおらず、普通の目をしています。
そして、理解が出来た時にはもうどうにもならず、彼女は目を閉じていました。
触れた唇。なにも塗られてはいない、生の唇。感じたのは、僅かな潤い。しかし、それは一瞬の出来事。
唇と唇は、『チュっ!』と音を立て終わると離れて行きます。
車は走り出しました。僕も彼女も、衝撃が強すぎて言葉が出ません。
車を走らせながら、考えていたのはキスをしてしまったことではありません。どちらかと言えば、キスをしているおばさんを見てしまったことです。
『おばさんもキスをするんだ。』と、その当たり前のことが他人事のように新鮮だったのです。
『性的なことには縁のない女性。』『性欲など持ち合わせていない女性。』、彼女のキス顔を見てしまったことで、そんなイメージが崩れ去ったのです。
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