グゥーン
グゥーン
鮫島が去ってから小一時間ほど経ったであろうか、工場の奥ではまだ三好が工作機械を動かしていた。
あれから落ち着きを取り戻し、普段着に着替えた亜希子が静かに近寄る。
「み、三好さん?」
『ん? なんだあんたか。すまんな、こんな日に』
「あ、今日の法事はどうもありがとう..でも...どうしたのこんな時間に」
『ちょっくらやり残してた仕事を思い出したんでな。勝手に戸締りして帰るから気にしないでくれ』
「そ、そう..」
その場を離れようと背を向けた亜希子に三好が言葉をかける。
『どうした? あんた、なんだか疲れた顔してるぞ』
亜希子はドキッとした。
昼間の鮫島との情事が頭をよぎる。
今ここで三好にすべてを話してしまえばどんなに気が楽だろうか。
「大丈夫...なんでもないの。ありがとう、三好さん」
亜希子は言えなかった。
鮫島との約束を守るつもりはなかった。
ただ、侮蔑と羞恥の末に夫の残した工場を失うのが怖かったのだ。
【後編へ続く】
※この小説はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
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