次の週、夜の集会のあと、妻は宿泊所と呼ばれている3階建ての建物の中へ消えていった。深夜の1時過ぎ、どの部屋も煌々と灯りが
灯っていた。俺は1泊か2泊だけの宿泊だと考えていた。翌日、すなわち日曜の午後、俺は妻の携帯に電話した。何度電話しても出ず、
夕方になってようやく妻に繋がった。
「どうしたの。なかなか電話に出ないじゃないか。」
「今日は忙しくて。教会に届いてる郵便物の整理でしょ。床掃除でしょ。今夜は踊りの練習もあるのよ。」
「踊り?」
「うん。巫女になるには踊りも習うのよ。」
「そう。今夜もそっちに泊まるのね。」
「うん。美紀ちゃんどうしてる。宿題ちゃんとしてる?」
「やってるみたい。」
そんな会話をして、俺は電話を切った。妙に元気のよい妻の様子が俺は気がかりだった。
娘と二人だけの夕食を食べた後、夜9時ごろ再び俺は電話した。すぐに妻は電話に出た。
「どうしたの?」
「何をしてるのかな、と思って。」
「今、踊りの練習が済んだところ。いやー、難しい、難しい。私、昔はダンス得意だったけど、それとはだいぶ違うわ。」
「これから、どうするの?」
「教祖様の部屋で何かあるらしいわ。」
「何か、て?」
「お祈りみたいなことじゃないかな。からだのツボにノボの力を与える、て聞いた。」
「ノボ?」
「わかんない。また、後で話すね。もう行かなくちゃ。じゃあねー。」
そう言って電話は一方的に切れた。俺は妙な胸騒ぎがして11時ごろにもう一度電話したのだが、電源が切られた状態だった。
翌日の午後、俺は職場から妻に電話した。
「今夜は帰る?」
「うん。帰ることにした。教祖様が帰ってちゃんと家族に話してきなさい、ておっしゃるの。本当はね、巫女になるのは
最低でも3か月は宿泊所に泊まって修行しないといけないの。だけど私の場合は小学生の子供がいるから、特別に月1日は
帰っていいって。」
「つ、月いち・・・・」
「心配しないで。私、とっても調子がいいの。教会のある場所がいいみたい。宇宙から最初に来たムルメン様の先祖が
降り立ったのがこの場所なんだって。きっとなにかのエネルギーがこの場所にあるんだわ。」
「昨日の夜言ってた、何とかのツボ、ていうの、あれ何?」
「ノボの力のこと?普通だよ、ツボに与える力だよ。」
「わかんないよ・・・」
「今晩帰るから、そのとき話すワ。じゃあね。」
最後はちょっと不機嫌そうに妻は電話を切ったのだった。俺はますます憂鬱になっていた。
※元投稿はこちら >>