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R田の叔母が美術館で開催するフラワーアレンジメントの短期集中講座は水曜日から土曜日にかけて行われ、午前の部と夜の部があるという。必然的に仕事を持たない主婦層の多くは午前の部に参加することになり、妻も午前の部に参加予定であると聞いた。妻はこの講座を非常に楽しみしていたが、それは講座そのものが楽しみなのか、R田と関われる可能性があることが嬉しいのかわからなかった。R田からの連絡はしばらく途絶えていたが、久々に講座への妻の参加予定を確認するメールが届いた。私は妻から聞いている範囲で答えたが、私が知っている程度のことは既に把握していたようだった。R田としては、最終日の土曜日のその後の予定を知りたかったようだが、残念ながら私もこの時点では把握していなかった。ただ土曜日に妻が家を留守にするとすれば、子供たちを塾に預けて出かけるか、もしくは埼玉に住む義母を呼び、子供たちとの留守番をお願いするかのどちらかだろうが、その時点では私も妻から何も聴かされてはいないと答えた。
再びR田からも連絡のない日が続いた。妻のことは気にはなったが、あれほどの堅物となれば一筋縄ではいかないだろう。さすがのR田も慎重になりつつも、あの手この手をと考えているのだろう。
私は私で医局での大きな楽しみを得た。一度きりではあったが、遠慮なく子種を放った相手と今まで通りに仕事上の様々なやり取りをする際の興奮の度合いといったら筆舌に尽くしがたい。相手は何も知らずにこれまで通りに、私に挨拶をし、我々の雑談に加わり、趣味のことや子供に関することを語り、堅い主婦としての顔、母親としての顔しか見せることはない。しかし、私だけが知っているのだ、その厚い仮面に隠された雌の素顔を。この興奮は同様の経験をしたことのある人間には、よく理解してもらえるのではないだろうか。
R田が動きをみせたのは、フラワーアレンジメントの短期講習をその週に控えた日曜日のことだった。彼からの報告によれば、短期講習の最終日、午前の部で、彼はカメラマンとして会場に潜入することになったという。普段はレッスンの写真は撮らないらしいが、R田がレッスン中の写真をホームページに掲載してみてはどうかと叔母に提案し、カメラマンを自らが買って出たらしい。加えて彼は自らが通う英会話スクールの受付事務をしている20代の女性をこのレッスンに参加するように仕向けたという。その目的はこうだ。この女性は以前からR田に気があるらしく、理由をつけては露骨なアプローチをしてきていた。辟易していた彼も、今回の作戦で彼女に利用価値を見出した。レッスンにR田が現れれば、彼女はいつものように人目をはばからずに、妻や他のレッスン生の前でも露骨なアプローチをしてくることが予想される。若い女性からのアプローチを迷惑がりながらも、まんざらでもないような部分を妻の前でチラ見せすることで、女性特有の競争心をあおるという寸法だ。R田にとっても妻が容易になびかない状況を打破するための苦肉の策ではあったろうが、妙を得ていると思った。R田のやや自虐的な表現をそのまま借りれば、<取り合う獲物は大きくみえる>というやつだ。うまくいくような気がした。
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