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翌朝、千葉まで出勤しなければならない私は妻とほぼ同時に起床した。妻が日課の犬の散歩にでかけるとすぐにクローゼットに向かった。子供たちはまだぐっすりと眠っている。妻の下着が入っているプラスチックケースの引き出しを開ける。前回は妻に気づかれた可能性も否めず、今回は慎重を期し、手をつける前の状態をスマートフォンのカメラにおさめた。以前はみなかった色合いの下着が2、3追加されている。ダークグリーンや紺の上下といった暗めのものだ。引き出しの最奥部に目をやると、ブルーグレーの袋のようなものがみえた。念のためこれもカメラにおさめておき、ゆっくりと引き出しの奥から取り出した。それは金文字で装飾品を扱う有名ブランドの名前が印刷された、不織布製の巾着袋であった。小刻みに振える手で中身を確認する。滑らかで柔らかい生地が手に触れた。シルクだとすぐわかった。取り出すとひとつは繊細な模様のレースが施されたブルーグレーのブラジャーだった。ゴールドのフロントホックとmade in Franceと刺繍されたタグが付いている。もうひとつは透明のビニールでパッキングされた同じくブルーグレーの小さな布切れで、揃いのショーツと思われた。包装は開封された形跡はなく、まだ未使用と思われた。ほぼ正方形に小さく畳まれており、かたちまではわからないが、レースではない布部分はほんのわずかなようにみえる。やはり下着のいくつかは新調されており、ひとつは誰もが聞いたことがある海外有名ブランドの下着だった。今回は大きな収穫が得られたと思う。妻もR田との間に何かが始まることを予感し、意識しているのだろう。ひと通り確認を終えると、スマートフォンにおさめた写真を見ながら、慎重に手を付ける前の状態に復元した。クローゼットを離れた後もしばらく胸の高鳴りがおさまらなった。不安の交じった期待が膨らむなかで、新たにひとつの疑念が生じた。いちばん最初に下着入れを確認した際に、やはり引き出しの奥に隠すようにしまってあった、あのワインレッドの布袋のなかみはいったい何だったのだろう。今回の収穫から推測すると、あれも妻の勝負下着であった可能性が高い。とすれば、R田との逢瀬もなかったあの時期に何故そのようなものが存在していたのか。私が妻について知らないことはまだまだあるのだろうと改めて思った。
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