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最近は当直のない週末は欠かさず帰宅する私のことを、妻はこれまで通り、暖かく迎えてくれる。私の帰宅を大変喜んでくれているようにもみえる。R田のマンションでの出来事はほんのいっときの気の迷いなのか、そんなふうにも思えてしまうが、R田と会っていることを私に隠している時点で、彼女にもやましい気持ちがあるのだろう。そもそもこれまでだって、私の知らないところで妻にもいろいろあったのかもしれない。以前、R田も言っていた。男は皆、自分が不倫をしていても、自分の交際相手や妻は貞淑であると思い込んでいるおめでたい生き物だと。おめでたい男たちは女性の浮気を察知することができないために、昔から女性には強い貞操観念を植え付けようとしてきた。そしてひと度、己の妻が他の男に股を開いたと知れば、自分たちが都合よく作り上げた宗教や法律により、激しい罰を与えてきたのだろう。十字軍に参加した騎士の妻たちや、不義密通で死罪になった江戸時代の女たちはその良い例だ。
日曜日の夕飯後、恒例の夫婦水入らずのティータイムの話題は自然にフラワーアレンジメントに関するものになった。妻曰く、銀座のスクールでは扱う題材がマンネリ化しており、何か新しいものをと探していたところ、件の短期集中講座をみつけ、参加を検討しているという。もちろん参加することに賛成した。さりげなく場所を聴いてみると、R田のマンションの最寄り駅からふた駅の住宅街にある美術館が会場になる予定だという。R田はそのあたりも見越して妻を講習に誘ったことは明らかだ。恐らく講習期間中になにかアクションを起こしてくるのだろう。少し妻の反応を確かめたい気持ちもあり、R田の話を出してみた。病院でR田とたまたま鉢合わせたので、先日の手土産が家族に大好評だったと、良くお礼しておいたと。「R田さんは何かいってた?」と妻が反応した。
「何かって?ママが相変わらず可愛くて羨ましいっていってたよ。」
「はは、そうじゃなくて、こちらで持たせた焼き菓子。あれはどうだったかなぁって。私の知り合いには好評だったから。」妻は立ち上がり、洗い物を始めた。
「特に何もいってなかったなぁ。」
「男の人たちはそんなもんだよね。でも彼女とかいれば喜んでくれたと思うんだけど。」
妻はさりげなく、彼に現在進行形の交際相手がいるのかどうかを探っている。
「そりゃあ、あれだけのスペックの持ち主だ。周りの女の子たちも放ってはおかないだろう。彼女のひとりやふたり、いや3人や4人はいるんじゃないか。だからアイツも楽しくてあの歳になっても、なかなか身を固めるつもりにはならないんだろうよ。」
「パパには彼女の話とかしないの?」
「そういえばそんな話はあまりしないなぁ。我々の話題はいつも例の趣味に関してだな。」
「オタク話ってわけね。」
「失礼な。あれはれっきとした大人の趣味だ。でも今度、R田に会ったらそのへんのこと聴いてみようか?なんか急に妻がお前に興味津々だって、アイツよろこんじゃうよ。」
いたずらっぽく笑い、妻の方に視線をやると、食器を拭きながらこちらを見ている妻と一瞬目がった。妻はすぐに食器に目を落とした。
「いや、いいの。聴かなくて。ほら、私の大学時代の友人たちはまだ独身が多いでしょう。会うたびに結婚したいって言ってる子なんかもいるから。ちょっと聴いてみただけ。」
「ママの同期じゃアイツよりかなり年上だろう。」
「失礼ね、そんな年上じゃないわよ。せいぜい3つ、4つでしょ。」
ふたりで声をあげて笑った。笑いながら、考えた明日の早朝、出勤前に妻が犬の散歩にでかけた隙に彼女の下着入れをもう一度チェックしておこうと。
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