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R田の読みは見事に的中し、数日後、妻からのメールを転送してきた。
R田さん
先日は大変失礼しました。いろいろ優しく気遣ってくださっているのに、不愉快な思いをさせてしまっていたらごめんなさい。この前、お借りした本をお返ししなければと思うのですが、どうしたら宜しいでしょうか?いろいろ煩わしくお感じになるようであれば、ご自宅に送りますので、ご住所を頂ければ幸いです。 亜紀
このメールを読んだときのR田のほくそ笑んだ顔が目に浮かんだ。妻はR田との連絡を完全に断とうとは考えていないようだ。R田自身も確信を強めたようだが、ここからは慎重にことを進めたいといってきた。次に妻と会うときはR田の自宅マンションは避け、外で会う約束をするというのだ。自宅で2人きりの状態になってしまったが故に前回の様な事態になってしまった、よってR田としても反省しているところを妻にみせ、紳士的な対応に徹するつもりだとアピールしたいのだろう。私もそれに強く賛成した。
その翌日、早くもお互いが車で行くのに便の良い幕張の某ホテルで3回目の食事の約束をしたと報告があった。私は美〇子のときのようにふたりのやりとりをボイスレコーダーで録音して欲しいとお願いしたが、R田はしぶった。妻との会話のなかで、どうしても家庭のことや私自身に関することが話題になることが避けられず、その結果として私を不快にさせる可能性も多分にあるというのだ。R田の言い分は良く理解できたが、どんな話題が出てもあくまで自分が居ないところでの話と割り切って、拘ることはしないと約束し、結局は私のわがままを押し通した。
妻とR田の3回目の密会が次の週に迫った週末、私は久々に都内の自宅に帰った。佐〇子にも会いたいと誘われていたが、妻の様子をいち度みておきたかった。妻は相変わらず、家事や子供達のお習い事の送り迎えに忙しくしていたが、ひとつ大きな変化があった。背中の中ほどまでの長さの黒髪を、肩にわずかに届くほどの長さに切り、短く軽くなった髪をさらに明るめブラウンに染めていた。大学時代に妻と出会った頃も今に似たような髪型をしていたことを思い出した。一見して5歳ほどは若返ってみえた。女性は心境の変化があると髪型を変えたくなると聴いたことがあるが、R田が刺激となり、妻の中でも何かが変わったのかもしれない。私は素直に妻の若々しい髪型を褒めた。
「なかなかいいね。若くみえる。昔もそんな感じだったな。」
「ありがとう。それと報告、今日、3万円もするワンピース買っちゃった。あとでみせるね。」
女性物のお洒落着の値段として3万円は決して高くはないだろう。昨今の女子大生でもはるかに高価なものをいくらでも身に着けているが、妻にとってみれば奮発した買い物だったようだ。妻は高価な買い物をしたときは、いつも律儀に報告する。
夕食のあと、ダイニングでお茶を飲んでいるとノースリーブのブルーグレーのワンピースを着た妻が現れた。
「どうかしら?ちょっとマダムっぽいかぁ?来週、女子高時代の友人たちと久々に集まるの。ちょっとおしゃれしていきたくって。どう?」
妻は所謂、ミッション系の女子高出身者だ。昔の友人と会うというのは、当然ながら用意していた嘘だろう。
明るい色のショートヘアとシックな色合いのワンピースがとても合っていた。
「いいじゃないか。うん、いいと思う。ただ靴もワンピースと揃えたほうが良いと思うけど、その色の靴なんか持ってるか?」
「ないけど、あるもので間に合わせるわ。」
「せっかくだからそのワンピースにあわせて一足買ったらどうだ。俺の稼ぎが悪いから無理って言われれば、それまでだけど。」
「そんな意味じゃないから。いつもご苦労様です。じゃあお言葉に甘えて一足買っちゃおうかしら。」
「うん、そうしなよ。それがいい。」
ありがとうと言いながら妻の表情が一瞬翳りをみせた気がした。あまり妻の罪悪感の芽を育てるのは得策ではないと考え、手にしていた論文の抄録集に目を落とし、集中して読み始めた振りをした。
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