医局秘書、美〇子の装いに変化があった翌週の火曜日の夕方、再び彼女と医局でふたりきりになる機会があり、気づかれないようにつぶさに観察した。艶っぽい美しさに変わりはないものの、表情は冴えず、幾分老け込んだようにみえた。ピンときたが、当然あの日なにかあったのかなどと聴くことはできない。
彼女の帰宅時間がきて、医局から出ていくのと入れ違いにこの医局で最も若い●橋が入ってきた。
「●橋先生、□□(美〇子の姓)さん元気なかったけど、何かきいてる?」
「また教授にパワハラでもされたんじゃないですかぁ。あっ、でもそういえば昨日、テニスのダブルスペアと勝敗に対する考えが違い過ぎて云々って愚痴ってました。」
●橋は初期臨床研修を終えてすぐにこの医局にきた。有名私立文系大学での仮面浪人を経て医学部入学したため、医者としての経験はまだまだ浅いが、歳は私よりも5つ下くらいだったはずである。彼の人なつっこい、無邪気な雰囲気もあってか美〇子は彼に最も気を許していた。彼が一番若く、時間にも余裕があるため、自然医局にいる時間も長く、医局秘書との会話も多いのだろう。実際、私も美〇子に関して彼を通して知ったことも多い。
「どう違うって?」
「□□さんは試合う以上は勝ちを取りに試合に臨みたいらしいんですが、ペアの相手はチャランポランで、楽しければいいじゃんって感じなんですって。□□さんってやっぱ真面目ですよね。僕はペアさんよりだなぁ。」
「そうかぁ、ああいう世界もいろいろあるんだな。ほかには?」
「ほかにはとくに。そうそう元気ないこととは全然関係ないとは思いますが、女子高時代の独身の友達に聴かれたらしいんですけど、男のひとはふたりで飲みに行けば全部OKだと思うのかって。そりゃそうでしょって答えましたけど。」
「お前らしいな。彼女はなんだって?」
「友達に職場の先生もそういっていたって答えておくって。ってか、先生どうしたんですか?まさか、□□さんのこと狙ってます?彼女は無理っすよ。お堅い主婦の典型、変なことしたらすぐに旦那さんにチクられて、ここ辞めさせられちゃって、秘書不在で困るのは僕らなんですからぁ。」
「バカ。お前と一緒にするな。俺は医局長としての立場上、またあの教授がへんなパワハラでもしたんじゃないかって気を揉んでんだよ。ああそれからこの前、相談されたCPK軽度持続高値の患者に関してだけど、封入体筋炎の症例報告みつけたからみてみろ。参考になるかもしれない。」
「ありがとうございます。大先生!」
声には出さないが、臨床家としてもまだまだだが、男としてもまだまだだなと●橋に対して心中で毒づきながらも、女という生き物はつくづくわからないと考えていた。
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