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人の欲望は際限がない。テニス大会の会場でR田に奉仕する美〇子を実際にみてからというもの、画像や音声での報告だけでは満足しきれない自分がいた。再び、美〇子のあられもない姿をこの目で直接みたい。あの嬌声を直に聞きたいという思いが次第に強まることは必然だった。何度か躊躇はしたものの、結局R田に先日のテニス大会の会場での出来事のような状況をふたたびつくってはもらえないだろうかと連絡をいれた。彼は彼で、何か新しいことをしたいと思っていたらしく、すぐに喰いついてきた。最近は専らR田の自宅マンションでふたりは会っているという。そこで、私が事前に彼のマンションに潜み、それを知らずにやってきたR田と彼女との一部始終を覗くという企画を提案してきた。その企画を聞いただけで激しく興奮する自分に戸惑った。自分には寝取られ癖のみならず、窃視癖まであるのかと。しかし、強い誘惑には勝てず、最終的にはR田の企画に乗ることになった。
R田と連絡を取り合って、都合をつけたある10月の日曜日、JR外房線沿線にあるR田のマンションを訪問した。最寄り駅の改札口で待ち合わせ、歩いてマンションに向かった。3分ほど歩くと格式の高そうな高層マンションのエントランスについた。私の驚きを察知したのか、会社の手厚い家賃補助のお陰だと、R田は突然脈絡のない話をした。部屋に着くと私は再び驚いた。2LDKの間取りで、広さは私の自宅マンションとさほど変わらない。最上階の下の階で窓からの景色も格別である。男の部屋らしく殺風景で生活感を感じないが、清潔に整えられており、ところどこに観葉植物なども置かれていた。
「お前、いいところに住んでいるなぁ。びっくりしたよ。」
「お医者さんってみんなそういうんですかね?この前、遊びに来た医者の友人も同じ様に驚いていました。」
「やっぱり大会社は違うよ。俺なんかお世辞にも綺麗といえるところに住んだのは、所帯をもってから買った今のマンションが初めてだよ。」
「友人もそういってました。意外とお医者さんてつましい人が多いですよね。」
「はは。我々のようなずっと国公立組はみんなこんなもんだよ。勤務医なんて病院に福利厚生をなんて期待できないしな。もちろん、家が病院やってるとか、私大出の人たちは全然違うだろうけどな。」
R田はステンレス製のアイランド式のキッチンのダイニング側におかれたスツールをすすめてくれ、コーヒーをいれてくれた。
「まだ時間がありますね。ゆっくりしててください。彼女とは17時に近所の居酒屋で待ち合わせしています。そこで小一時間程飲み食いしたらこの部屋に戻ってきます。戻る前にはメールしますので、適当にくつろいでいてください。」
「ちなみにどこに隠れればいいんだ?」
「そうですね、大事なところです。こちらへ。」
R田は寝室と思われる部屋に案内してくれた。八畳ほどの部屋であり、リビングとは引き戸で仕切ることができる。片面には大きな窓があり、ベランダへと続く。部屋の真ん中にはセミダブルと思われるベッドが置かれ、窓と反対側は一面クローゼットになっていた。クローゼットは合計8枚の板が互い違いに並んだ引き戸式のものであり、リビング側から数えて2枚目に小柄な女性の身長ほどの姿見鏡が取り付けてあった。R田はその姿見のついた1枚を横に引いた。半畳ほどのクローゼットの中はハンガー掛けの棒が渡してある他は何もなく、先ほどまでダイニングで私が腰かけていたものと同型のスツールが1脚、隅に置かれていた。
「これに座ってみてください。」とR田はそのクローゼットのなかのスツールを指さした。
ハンガー掛けの棒に頭をぶつけないように少しかがんでスツールに座ると、R田はにやにやしながら引き戸を閉じた。引き戸が閉じられても中はそれほど暗くならなかった。それもそのはず、外からみて姿見が取り付けられていた部分の板はきれいに長方形にくり抜かれており、姿見にみせたマジックミラーを通して、戸の外側でにやつくR田の姿がみえた。
「どうですか?こっちからはただの鏡にしかみえませんよ。」R田は戸を開けながらいった。
「これどうしたんだ?」
「今はホームセンターで何でも手に入りますからね。」
「いやぁ、たいしたもんだよ。クローゼットの姿見にしかみえない。ここに隠れていればいいわけだ。凄まじい体験になりそうだよ。」
寝室からリビングへと移動し、ソファーでくつろぐよう促された。R田はテレビの電源を入れ、リモコンを私の側に置くと、浴室へ向かった。美〇子との約束の時間が迫ってきており、身支度を整えるのだろう。私はテレビのチャンネルを変えながら、ソファーの背もたれに体重を預けた。そのときだった。私の体重が後方にかかって変形したソファーの尻うけとひじ掛けの間にきらりと光るものをみつけた。挟まっていたものを摘まみ上げてみると動物の肉球をモチーフにした小さなイヤリングだった。イヤリングといっても耳たぶを樹脂製の留め具で挟む形式のものだ。どきりとした。そのイヤリングに見覚えがあった。それは犬好きの妻がときどき付けているものと似ていた。私はそのイヤリングをそっとポケットに忍ばせた。
R田はシャワーを浴び終えると、手早く身支度を整え、横に座った。イヤリングのことは取り合えず、今は頭から追いやることにした。
「ゆっくりしていてください。冷蔵庫にビールもありますから。あっ、でも利尿作用のあるものはあまり飲まない方がいいですね。俺らがここににいる間はクローゼットから出れませんからね。繰り返しになりますが、ここに戻る前に連絡します。そうしたらクローゼットに隠れてください。ことが済んだら、久々にタバコが吸いたくなったから一緒にコンビニでも行って、ついでに甘い物でも買おうと彼女を誘ってここを出ます。その隙にここを出てください。ここの鍵です。では先生ごゆっくり。」
「いろいろ悪い。正直楽しくてしょうがないよ。ありがとう。ほんとうにこんなに楽しませてどうやって礼をしたらよいか。」
「礼なんてとんでもない。俺が一番楽しんでいるんすから。」
「なぁ、本当に妻を口説かせることが礼になるのか?」
「それを許してもらえるのなら、こちらがなんとお礼をすればよいかって感じっす。マジで。」
R田は満面の笑顔で軍隊式の敬礼をすると、意気揚々とマンションをあとにした。すでに妻となんらかのコンタクトを取り合っているのではないかという疑惑が頭をよぎったが、今は考えないことにして、尻ポケットに入れてきた文庫本を読みながら時間をつぶすことにした。
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