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R田とは話題が話題なので、完全個室の居酒屋で落ち合った。当初はお互いに腹の探り合いのような雰囲気となったが、アルコールが入ることで平素の我々の雰囲気に戻ることにそう時間はかからなかった。
「先日は申し訳なかった。すっかり・・・なんといったらいいか。」
「結構みなさんそうですよ。先生だけじゃない。いざとなると心境が変化するのは独身の俺でも想像できます。ましてあんな素敵な奥さんだ、当たり前です。」
「ところで、どうなんだよ。」
「なにがですか?」R田は箸でチヂミを切りながら、ニヤニヤしている。もったいつけているようにしかみえない。
「うちのは?楽しんでもらえてるだろうか?うちのでお礼になっただろうか。」
「お礼も何も美〇子にしろ、亜紀さんにしろ、俺自身こんなに楽しめているのは初めてです。それが率直な感想です。俺のほうこそお礼しなければって感じですよ、特に亜紀さんはずっと俺の憧れでしたから、マジで逆嫉妬しちゃってます。」
「よくいうよ、プロパティーオブおまえだもんなぁ。あれには驚いた。でもぶっちゃけ、うちのでは物足りなく感じないのか?」
「先生こそよくいいますよ。真面目にいってるんですか?」R田の発言の意味を図りかねていると彼は呼び鈴ブザーを押し、生ビールをふたつ追加注文した。R田は私の質問を待っている様子だった。R田の立場からすれば、どこで私の琴線に触れるかわからないデリケートな状況だけに、自分から報告し難いのは当然だろう。ただ私としても妻のことを、その寝取られた相手に尋ねることに何か気恥ずかしさのようなものを感じていた。
「アレとは・・・その・・・亜紀とはしたのか?」何を当たり前なことを今更ながらきいているのだろう。
「ええ、何度も。」
「初めはあのマンションで?」
「いいえ、ラブホです。」
「ラブホ?いつ?」
「先生に俺のマンションで、亜紀さんと寸前までいったところをみてもらった翌日です。レッスン最終日が終わったあとのランチのときに英国風の庭を売りにしたカフェの話をしたんですが、それを覚えていた亜紀さんがそこに早速いってみたいって言いだして。それで翌日の日曜日、近くの駅で彼女を拾って、ドライブがてら房総方面に向かったんです。でも・・・。」R田は言いにくそうに語尾を濁した。
「それで?」
「ラブホにはいったんです。」
「え?なんで?」
「亜紀さんが言い出したんです、お庭なんかいいって。ほんとうは昨日の続きがしたいって。真っ赤な顔でうつむいて。かわいかったです。さすがにそれ以上恥ずかしい思いをさせるのはどうかと思い、すぐに最寄りのインターで降りてラブホに入りました。」よほど私が愕然とした表情をしていたのだろう、R田は人前では普段あまり吸わないといっていたタバコを取り出して、喫煙の許可を請うてきた。頷きつつ、タバコを止めて久しい私もいっぽん頂戴した。頭がクラクラしたが、果たして久々の喫煙のせいかどうか疑わしい。さらにその日の状況を具体的に聴くのはこわくなっていた。R田もそれ以上は語らず、私の顔を覗き込むように上目遣いでこちらの表情をうかがっていた。
「お前も妻も喜んでくれたと思っていいのかな?」私は半分自棄になりながらいった。
「はい。でも、ひとつきになることが・・・。彼女、2回目が終わったあとにちょっとだけ、涙をみせたんです。理由を聴いたんですけど、『血は争えないのかな。』って。元気がなくったんで、強く抱きしめたら、『しょうがない。』って。また元気に笑ってくれました。」
私はふと義母のことを思い出した。まだ結婚前に亜紀から聴いたはなしだが、亜紀が高校生時代、体調が悪く学校を早退して帰宅すると、父親ではない男が母と寝室から慌てた様子で出てきたことが数回にわたりあったという。もちろん高校生にもなればそれが何を意味しているのか理解できた。ある日、思い切って母に「自宅ではやめてほしい。」といったところ、彼女は泣き崩れたという。義母に関するこのエピソードについては、R田の前では話題にしなかった。
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