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日曜日の朝は昨夜の深酒が祟って、ベッドを離れたのは昼近くなってからだった。起きてすぐに美〇子とR田のことが気になり、R田からの報告は週明けになるだろうとは思いながらも仕事用のラップトップを開いた。全く期待していなかったが、予想に反してR田からのメールが届いていた。受信日は土曜日だった。心房細動ではないかと思うほどの、息苦しさをも伴う、凄まじい胸の高鳴りを覚えつつ、『報告』と題された添付ファイル付きの受診メールを開いた。
槌
先生
お世話になっております。完全に墜としました。今回はあえて最後まで頂かず、リリースしました。彼女はかなりの好きものの匂いがします。今後が楽しみです。1件目は先日ごちそうになった寿司屋、2件目は近くのバーで飲み、その後〇駅まで歩きました。その道中でスマートフォンアプリで録音したやり取りを添付しました。ご査収の程よろしくお願い致します。
R田
槌
「なにがご査収だ。」と独り毒づきながらも、さすがR田だと感心せずにはいられなかった。またこの時期、私はまだ従来型の携帯電話、いわゆるガラケーを使用していたため、アプリを入れれば簡単にボイスレコーダーにもなるスマートフォンの便利さに改めて関心させられたのを覚えている。官舎の壁は薄いため、はやる気持ちを抑え、しまい込んであったイヤホンを取り出した。イヤホンが機能することを確認したうえで、添付をファイルを再生する。
ザッ、ザッ、ザッっと規則正しく足音と思われる音が聴こえてくる。しばらく足音が続いていたが。R田の声で「この辺の桜も見頃ですね。来週には散っちゃうだろうなぁ。はぁ~あ。絶えて桜のなかりせば、春のこころはのどけからましですよねぇ。」
「俳句ですか?俳句とか全然わからなくて。」
「俳句ではありません。和歌ですよ。古今和歌集のなかの超有名な歌。当に今のような瞬間にぴったりじゃあないですか。」
-まったくR田め、自分が業平の再来だとでもいいたいのだろうか、いちいち話題が鼻につく、バカめ。-とまたもや心中で毒づきながらも、こういったわかりやすい、教養と言う程でもない教養のひけらかしがある層の女性には結構うけることを私ごときの男でも知っている。
「誰か知り合いにみられたらまずいんじゃないですか?」と美〇子の声が交じる。
「嫌なら止めます。」とR田。再び規則正しい足音だけが続く。想像するに手をつないだのだろう。普段のR田の歩き方からすれば、聴こえてくる足音のリズムは明らかに遅く、美〇子の歩調に合わせていると思われた。
「すこしあの公園のベンチでやすんでいきましょう。」
確か寿司屋がある界隈から駅までは川沿いの桜並木のある遊歩道を通っていけた。そして遊歩道が線路とつきあたるあたりにベンチがいくつか並ぶ小さな公園があった。
突然、「えっ、大丈夫です。そんな汚れてしまいます。」と美〇子の声がしたかとおもうと、「どうぞ、お座りください。チーフはお洒落で差しているのではありません、こういうときのためにあるんです。」クスクスとふたりの笑い声が聴こえる。紳士らしく美〇子を直にベンチに座らせることはせず、ポケットチーフを敷いたのだろう。しばしの沈黙、遠くから列車の音が聴こえてくる。
「いいんですか。こんなところを誰かにみられたら。R田さん、こまらないんですか?」
「嫌ならすぐに止めます。はっきり言ってください。」再びしばらくの静寂。
「ん・・・ん。ん、うぅん、ん。」くぐもった美〇子の声が聴こえだす。その合間でR田の胸ポケットに入れたスマートフォンに次第に荒くなる両者の吐息があたり、ゴー、ゴーと音を鳴らす。
「美〇子って呼んでいいですか?」
「ねぇ、R田さん。こんなおばさん相手にからかってません。遊んじゃおって思ってるでしょう?」
「嫌なら止めるよ、美〇子。俺のことも〇人(R田のファーストネーム)でいいよ。」
「もう、いいのかなぁ、わたし。一応結婚もしてるし、子供も・・・んふ・・・ぉふ・・・ん・・・ん。」耳を澄ますと激しく舌を絡めあっているらしく、水面に滴り落ちる湧き水のような音が聴こえる。
「あっ。まって。さっきから人が通るし、これ以上はここでは無理。どこか場所を移して・・・ここでは・・・あん。」再び吐息と何かが触れ合う音。
「あー、雨だ。しかもこんな時間になってしまった。電車もなくなったら大変だし、そろそろいきますか。今日は楽しかったぁ。ありがとう美〇子。」
「えっ、あっ、そうですね。あ、ありがとう。私も楽しかった。」
しばらく足音が続き、駅に到着したのか「じゃあ気を付けて。近々また誘う。メールでいいかな?」
「うん。待ってる。〇人・・・でいいのかな。〇人も気を付けて。」
「おぅ。おやすみ。」
槌
R田のルックスに加えて、話題の引き出しの多さ、スマートなエスコートなどといった数多くの条件が整っていたとはいえ、美〇子のような女性、堅気の人妻がいとも簡単におちてしまうことに女性の恐ろしさを感じながら、気が付くと昨夜の佐〇子との情事の最中よりもはるかに硬く、熱くなった肉棒を激しくしごいる自分がいた。着けたままのイヤホンからは、◇房線下り最終列車到着を報じる構内アナウンスが流れていた。
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