村田勇夫は無免許のバイクに乗って、建物の解体作業現場のバイトから自分のアパートへ帰る途中だった。
家に帰れば昼間から酒を飲んで、仕事もせずぶらぶらしている彼の父親がいた。勇夫の母親は夫のDVが原因で、
勇夫が中学のとき家を出てしまっていた。そんな勇夫も3年前に片思いの恋をしたことがあった。相手はコンビニで
いしょに働いていた一つ年上の女子大生だった。勇夫の眼には、可愛くて愛想のいい天使のような女の子に見えた。
半年ほど前から仕事をしていた勇夫の方が仕事に詳しかったから、初めのうちは由美に教えることもあった。
一度喫茶店に誘い、一緒にコーヒーを飲んだことがあったが、大学生の由美とでは共通の話題が少なかった。
会話は途切れがちになり、結局二度目のデートは断られた。それでもしつこく食い下がれば何とかなると思い、
顔を合わすたびにデートに誘った。その結果、店長に告げ口され、注意を受けることになってしまった。その時には
勇夫の心はむきになり始めていた。店長の忠告は火に油を注ぐ効果にしかならなかったのだ。とうとう由美はバイトを
辞めてしまい、コンビニのバイト仲間から警察が調べに来たことを聞いて、勇夫は自宅に引きこもった。
もともとコンビニへは偽造した免許証で登録した嘘の住所だったから、見つかるはずはないと考えたのだった。
ところが3年ぶりに偶然由美を見かけたのだ。それはバッグを片手に由美がマンションへ入るところだった。勇夫は
自転車で部屋の入口が見える側に移動し、そこで由美が入って行く部屋を確認した。しばらく勇夫は何かを
考えていたが、バイクを止めてその部屋に向かった。部屋の前に行くとあたりの人影を確認してドアのノブを回した。
その部屋の住人は鍵をかけ忘れていた。ドアを少し開けて中を伺うと、部屋の奥から由美以外二人の男女の声がしていた。
「お誕生日おめでとうございます。今夜はお世話になります。」
「ああ、ゆっくりしていって。由美さんは今晩泊まるんでしょ?」
「いいんですかー、おじゃましても。」
「ぜんぜん、ノープロブレムですから。」
勇夫はドアを静かに閉めると「道具」を取りに家に戻った。
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