興信所で調べると森隼人の人物像はすぐに分かった。森が務めている会社の経営者の婿養子だった。
経営者の一人娘と結婚して双子を含む4人の子供がいる。森隼人は自分の立場を利用して、人事部
に絵美の採用を決めさせたのだろう。だが婿養子の立場で浮気の代償は大きいはずだ。
大学から付き合いがあってお互いが不倫関係なら、バレにくいとでも考えたのだろうか。
いずれにせよ絵美とはセックスだけの関係だとは言えそうな気がした。
興信所で森隼人の資料を受け取って数日後のことだった。その日の会社での仕事が終わりに
近づいたころ、見るからに高級そうな背広を着た一人の男が面会を求めてきた。名刺を見ると
「〇コーポレーション代表取締役社長」と書いてあった。森隼人の義父だった。
俺はその男と会社近くの喫茶店に入った。
「突然お呼び立てして申し訳ございませんでした。実は森隼人のことで参りました。」
俺がちょっと驚いた表情をすると
「いや、あの興信所の社長とは古い付き合いでして。」
なるほど、俺が森隼人の身辺調査をしていることを興信所がこの人に知らせたということか。
そうならば重大な守秘義務違反だ。
「お恥ずかしいことですが、森隼人は私の義理の息子でして・・・ご存知かと思いますが、
あなたの奥様といわゆる不適切な交際をしております。」
男は申し訳なさそうな表情で話した。
「ご立腹のことと存じますが、どうか事を荒立てぬようにお願いしたくて参りました。もちろん
お望みなら精神的被害の償いはいかようにもさせて頂きます。」
「社長さんは、娘婿が浮気しているのを見て見ぬふりをしているのですか?」
「いやあ、みっともない話です。森隼人という男は私どもの取引先の経営者の次男坊でして、森隼人の
おやじと私は古い付き合いなんです。この男がまた若い時からの遊び人でして、女房を再々泣かせて
外に子供までいるような男です。まあ、その男の血を引きついたんでしょうな。とは言っても私の
一人娘の婿養子に来てくれまして、将来は会社をまかせるつもりでおるわけです。」
「社長さんは俺にどうしてほしいんですか?」
「失礼かと存じますが・・・」
男は2センチほどの厚さの封筒をテーブルに置き、俺の前に滑らせた。
「どうかお受け取りください。」
「これは受け取れません。俺自身まだ心の整理がついてなくて・・・」
「そうですか・・そうでしょうな・・・」
「社長さんはいつごろから知ってたのですか?」
「・・・最初から知ってましたよ。用心してましたから・・社内で起こることは何でもわかります。」
俺の妻を社員に採用したときから知ってたというのか。社長はボソリとつぶやいた。
「男にはガス抜きが必要ですから・・・いや女も同じだと思いますが。」
ちょっと待て、妻を男のガス抜きにされてはたまったもんじゃない。俺はむっとして席を立とうとした。
「申し訳ない、気を害されたのですか、もう一つお話があります。それを聞いてからにしてください。」
「何なんですか。」
「もう一つはあなたのお父様のことです。」
俺はその言葉を疑った。このうえ小学生の時以来会っていない俺の親父がどうしたというのだ。
「お父様とは最近会ったことがありますか?」
「いえ、母と離婚してから一度も。一体これと何の関係があるというんですか。」
「お父様は今、私の車の運転手をしてもらっています。」
あまりの唐突な話に俺は言葉を失った。
「お母様に暴力がもとで出ていかれて、自暴自棄ななりかけた時もあったようですが、カウンセリングも
受けて、立派に立ち直られましたよ。」
俺は頭のなかがぐちゃぐちゃになりそうだった。
「俺、帰ります。」
席を立って店をでると入り口近くに黒塗りの高級車が停まっていた。運転席には年はとっていたが
20年ほど前に分かれた父親の顔があった。俺の顔を見ると片手をあげて笑っていた。
俺はくるりと背中を向けると、なるべく頑なに見えるよう速足でその場を立ち去った。
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