俺は 朝ごはんを済ますと 早々に教習所に向かった。
昨夜のザワザワとした話し声、何か話しかけるのに気が引けた。
今思えば、子供ながらに変に気を使ったのだろう?
「‥行ってきます」
それだけ言った。
『行ってらっしゃい』
『帰りは?』
「お昼 丁度ぐらい‥」
『お昼、作っとくね』
『何か リクエストある?』
「ん?、うん、何でも‥」
「行って来ます」
俺は 無意識に ぶっきらぼうに答えてしまった。
(叔母は 努めて明るくして見せたのかも?)チャリを漕ぎながら そんな事を悔やんだ。
昼食はパスタ、だった様な気がする、ナポリタンだったか ミートソースだったか、良く覚えていない。
『午後は?』
『どっか出掛けるの?』
「うん、加藤んち‥」
『彼女?』
「男だよ!」
「ご馳走さま」
俺は 叔母の話しを遮る様に 部屋に引っ込んだ。
が、叔母の荷物も この部屋にある。
俺は また逃げる様に出掛けた。
洗い物をする叔母の 背中に向かって
「‥行って来ます」
そう言って。
が、行く当て など無かった。
当てもなく ジャスコの中をブラブラした、服を見たり ゲームをみたり 文房具を見たり靴売り場を見たり‥。
当時はまだ イオンの前身のジャスコだったし、ダイエーとか西友なんてのも有った。
が、それも飽きて 図書館に向かった、適当に何冊か抱えて机を探した。
今なら LINEなり電話なり 手当たり次第に「‥暇か?」と聞けるのだろうが 固定電話しかない時代 いちいち公衆電話から電話を掛けるのも 面倒だった。
あえて 母の帰宅してるだろう?時間を待って家に帰った。
「‥ただいま」
俺は 小上がりから すぐに自室に入った。
台所からは『お帰り‥』と、母と叔母の2人の声がした。
と、すぐにガラス戸のあく音、また すぐに 部屋の扉がノックされた。
『今日は すき焼きだって』
顔を覗かせた叔母が それだけ言って 戻って行った。
父が帰って しばらくすると
『ケーン?』
『ごはぁん』
母に呼ばれた。
『すき焼きだって』
と、叔母は いつもの俺の椅子を引いてくれた。
『これで終わりよ、アンタの おもてなしは‥』
そう言って 母は 叔母の前に缶ビールを置いた、父と自分の前にも。
食べはじめて しばらくして 電話が鳴った。
当たり前の様に 叔母が小上がりに向かった。が、すぐに戻って来た。
『叔父さん?』そう聞いた母に
『明日の朝 電話するって言った、明日 休みのハズだから』
叔母は そう答えていた。
そして 何事も無かった様に 大人たちは ビールを飲んで すき焼きを つついた。
叔母が居る。
それを除いては 俺は日常に戻った。
ご飯を食べ、自室に戻ってテレビをつけ、母に促されるまま風呂に入った。
しばらくして、ノックされた。
『ケンちゃん?、入るよ』
叔母が入ってきた。
「いいよ、いちいちノックなんて‥」
『だってさぁ、ヘンな事してたら可哀想でしょ?』
『そんなトコ見られたら、フフ』
「ヘンな事?」
『そう、ヘンな事、フフフ』
叔母は そう笑って バッグの中を探って 着替えを取り出した。
『お風呂、行ってくるね』
叔母は 着替えを持って出て行った。
俺は 布団を敷いて 机から椅子を引いて座った、見てもいないテレビが 何かを歌っていた。
しばらくして、いきなり扉があいた。
『‥フゥーッ』
と、叔母が入ってきた。
『ゴメンねケンちゃん、迷惑かけて』
『勉強してたの?』
叔母は ベッドに腰かけた。
「ううん」
『待っててくれての?、私の事』
「‥でも無いけど‥」
『ん?、どうした?』
「ノブは?」
『勉強でもしてんじゃない?』
「そっか、ノブも受験か‥?」
『ケンちゃんは?』
『そういうケンちゃんは?、大学とか‥、どうするの?』
「考えてない、何んにも‥」
『行くかどうかも って事?』
「うん」
『姉さんは?、何て言ってるの?』
「今は 免許と車の事しか‥」
「何も、特には‥」
『そう‥?』
『・・・・・』
『ケンちゃん、明日は?、デート?』
「‥ううん」
『それってさ どっちを否定したのかなぁ?』
『デートを否定したの?、それとも彼女?、居るんでしょ彼女?』
「居る様な いない様な‥」
『何 それ?』
『まぁいいっか、それは‥』
『で?、明日も教習所?』
「明日は無いけど‥」
『そう?、ねぇケンちゃん?、明日デートしようか?、叔母さんと』
『洗濯終わったらさ 何処っか出掛けて お昼 食べよ』
『ね?、ダメ?』
『私とじゃ嫌?』
「そんな事ないけど‥」
『そう、じゃぁ、そうしよ!、ね?』
ここで、少し整理をしようか。
俺は目標どおり?、家から一番近い高校に入学した。
前段で早苗さんに話した いつも一緒に帰る彼女?は 公務員を目指して 結局 俺より更にワンランク上の高校に進学していた。
が、時々は会ったり、俺の部屋に寄ったり、そんな関係は続いていた。
叔母さんの名は 淑恵さん、母のすぐ下 2つ下の妹。
22で俺を産んだ母の2つ下、って事は 37か38ってトコだろう?。
この叔母には 由美と同い歳の信明(のぶあき)という1人息子がいる。
その1人息子とご主人を残して 1人我が家に 何かの相談に来ている。
読んで下さってる皆さんは 気付いてくれただろうか?、食事中 母が叔母の淑恵さんに対して『叔父さん?』と聞いていた事を。
淑恵さんの旦那さんは、母と淑恵さんの母(俺からすれば祖母)の実の弟、血の繋がった実の叔父と 今で言う《デキ婚》をしていた、なので母の問いかけは『叔父さん?』となった。
失恋し、叔父に相談し‥、そして‥、そうなったらしい。
《ポツンと一軒家》に出てくる様な田舎町、例えば 赤の他人の佐藤さん同士が結婚、そんな事は珍しくも何ともない事だったらしい、今ならあり得ないのだろうが そんな2人が出した婚姻届が受理されてしまった。
妻が夫の姓を名乗る、それが当たり前の時代、母の旧姓を名乗る淑恵さん夫婦を不思議に思い母に聞いた事が有った、『ノブの父である淑恵の夫は 祖母の実の弟である事。祖父は祖母の家に婿に入って 祖母の姓を名乗った。だから淑恵夫婦も◎◎という同じ名字なのだ』と高1の時くらいに教えて貰っていた。
《血が濃いって どういう事?》と、いつだったかノブに聞かれた母は、返事に困った事が有った、とまで教えてくれていた。
そして、この時 叔母が我が家に来ていたのは、叔母の浮気がバレて修羅場になって、ノブの事をふまえて どうすのか?、叔母と叔父 それぞれが冷静に考える、その為の 言わば 冷却期間だったのだと あとから聞いた。
が、ノブの高校卒業を機に離婚をして ノブは叔父について行った。
が、のちのち、元々血の繋がった叔父と姪、俺の母かたで何かがあれば、祝儀でも不祝儀でも 結局2人は 顔を合わせる事になるのだが‥。
『明日、楽しみね?』
『ありがとう』
『‥寝よ』
叔母に言われて部屋の灯りを消した。
いつの間にか 眠りに落ちた。
が、夜中にトイレに起きた。
ボーッとした意識のまま トイレから戻った。
寝ぼけたままで いつもの調子で 俺はベッドの布団を捲った。
が、横になって 何かにぶつかって 正気に戻った。
(叔母さんが居たんだ)
慌てて ベッドから降りようとした。
『‥待って』
叔母が 俺のパジャマを掴んだ。
『ゴメンね、ベッド取っちゃって‥』
「‥ゴメン」
「寝ぼけてて俺‥」
『いいのよ、そんな事』
『‥ゴメンね、おいで‥』
俺は言われるまま ベッドに戻った。
無意識に 叔母に背中を向けるも ぜんぜん寝付けなかった。
『‥眠れない?』
そんな俺に気づいたのか 叔母が言った。
「‥ん?」
「うん‥」
「大丈夫」
答えになってない返事を返した。
『ねぇケンちゃん、腕枕して』
『‥ダメ?』
突然 叔母が 俺の腕を引いた。
俺は 震える腕を 叔母の枕元に伸ばした、それが精一杯だった。
『‥ありがとう』
そう言った叔母が、小さく丸めた身体を寄せた。
今夜は やけにハッキリと 天井が見える。
ドクンドクンと脈打つ 自分の心臓の音が聞こえた。
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