萩野君は私の手を引いて数件先のファミレスまで連れて行ってくれました。
決して強引な手の引き方ではなく、私の歩幅を気にしながら優しく連れて行ってくれました。
ファミレスに着くまで私達は一言も言葉を交わしませんでしたが、目の前にある彼の背中を見ているだけでどこか安心できました。
ファミレスに入ると、彼は気を遣ってお店の1番奥の席を取ってくれました。
席に着いた私達は二人ともホットココアを注文しました。
注文を聞いた店員さんが私達のいるテーブルから離れていきます。
それを見届けた彼が口を開きました。
『亜希子さん、大丈夫ですか? 何があったか話してもらえませんか?』
「...今日の朝、ケンカしたの、夫と」
『夫婦喧嘩ですか?』
「うん...」
『な~んだ、夫婦喧嘩は犬も食わないって言うじゃないですか。大丈夫ですって、旦那さんだってもう怒ってませんて』
「......」
よその夫婦なら彼の言う通りでしょう。
たいてい仲直りのセックスでもすれば万事解決です。
でも我が家は普通ではないのです。
壊れた夫婦、壊れた家族なのです。
「夫に言われたの...最近私が楽しそうにしてるって」
『それって、むしろ良いことですよね?』
「ええ、そうなんだけど、夫は歪んでる人だから...それが気に触ったみたい」
『はぁ? 意味分かんないです』
「私が家で感情を出すのは許されないことなの。ただ黙々と完璧に家事をこなしてなきゃいけないの。あの人にとって私は家政婦同然の存在でしかないのよ!」
声を荒げる私を何人かのお客が見ていました。
その冷ややかな視線をかいくぐるように、店員さんが頼んでいたホットココアを運んできました。
『ごゆっくりどうぞ』
店員さんの冷めた視線と相まって、その言葉が胸に重く響きます。
まるで“うるさくするなら早く出て行け”と言わんばかりに。
私達は頼んだホットココアには口を付けず、逃げるようにファミレスを出ました。
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