亜希子さんが僕の前で泣いたあの日から、僕と亜希子さんの間には何か特別な感情が芽生え始めたように思います。
互いに男と女を意識した関係。
世間ではそれを恋愛感情と呼ぶのでしょうが、少なくとも僕はそう感じていました。
僕がアルバイトを始めてからしばらく経ったある日のことです。
僕が学校を終えて遅番勤務のためスーパーに着くと、店員用の裏口のところに亜希子さんがポツンと立っていました。
その日、亜希子さんは早番勤務でしたから、とうにあがっていてもいい時間のはずです。
『瀬野さん、どうしたんです? 今日、早番ですよね?』
「ええ、そうなんだけど...ちょっとね...」
『ちょっとって、、何かあったんですか? 仕事のこと?』
亜希子さんは首を横に振ります。
『もしかして、家のこと?』
亜希子さんは首を小さく縦に振りました。
「待っててもいいかな...萩野君のこと」
僕はウンと頷き、ひとまずバイトに入りました。
仕事中も亜希子さんのことが気になって仕事がまったく手につきません。
遅番勤務を終えて店を出たのが22時。
春とはいえ夜の遅い時間ともなればだいぶ冷え込んできます。
亜希子さんは僕が来たときと同じ場所で待ってくれていました。
『遅くなってすみません』
「おつかれさま」
『もしかして、ずっとここで?』
「うん」
『と、とりあえずどっか行きましょっか、暖かいとこに』
僕は亜希子さんの手を引いて、近くのファミレスへと入りました。
思えば僕が亜希子さん手を握ったのはそのときが初めてでした。
そのときの亜希子さんの手は夜風にさらされてとても冷たくなっていました。
※元投稿はこちら >>