鈍感な僕でさえ、彼女の変化には気がつきました。僕からの誘いの断り方も、どこか冷たく感じられるのです。
『明日、どうですか?』
『ちょっと無理かも…。』
『金曜日は?』
『その日にならないとわかんないわぁ~。』
と、いっこうに好転をしません。佐久間さんの本心を聞くのも怖く、『僕のこと、嫌いになりました?』の一言はどうしても聞けずにいたのです。
そして、翌週の土曜日を迎えました。運命の日でもあります。
その日は、朝からあいにくの雨。にもかかわらず、朝10時に車を出しました。家を出た車はすぐに左折をし、彼女の家の方角へと走ります。
通り過ぎる時に彼女の家を見詰め、『佐久間さん、いるかなぁ~?』なんて思ったりもしてしまうのです。
車はコンビニへと入り、僕は雑誌の立ち読みを始めました。考えもなく飛び出して来ただけで、何の予定もありません。
15分後、車は元の方角へと帰って行きます。歯医者の駐車場が広がっているため、こちらからの方が彼女の家は長く見ることが出来るのです。
そこに、あるものを発見します。先程は見掛けませんでした。佐久間さんの家の前に、トヨタのハイブリット車が停まっていたのです。
『お客さん?』、そう思い、通りすぎようとした時に、玄関から現れる彼女を見つけました。一瞬でしたが、お出掛け用の洋服が着こなされています。
僕は自宅に車庫入れをし、車から出ることはありませんでした。前を通り過ぎるかも知れない彼女に見つかるのが怖かったからです。
数台通り過ぎていく車の中に、その車の姿がありました。男性の横に乗った佐久間さんの姿をハッキリと見てしまったのです。
『追わなきゃ!』、そう考えたのは一瞬だけのこと。全てを理解した僕に、もうその力は残ってはいなかったのです。
長い1日でした。部屋にこもり、ずっとオンラインゲームを続けています。仲間と組んでボスを倒しても、いつもの嬉しさなどありません。
ただただオンラインの世界に逃げ込んで、気をまぎらわせているだけでした。
午後6時。雨は更に強くなり、少し風も出てきたようです。ベッドに眠っていた僕でさえ、その雨音に目が覚めてしまいます。
気だるい感覚のなか、『コンビニ行ってくるわぁ。』と母に告げ、僕は家を出るのです。
午後8時。真っ暗だった路地に、車のライトが眩しく光ります。その光は更に大きくなり、僕の姿を照らし出しました。
助手席のドアが開き、傘を広げた女性が声を掛けて来たのです。
『ユウくん~!?あんた、なにしてるのよぉ~!?』
傘はちゃんと挿していました。降っていた雨は避けていたはずです。しかし、彼女の玄関先の木が雨を弾き、僕の身体を濡らし続けていたのです。
『誰や、そいつ?』、運転席から男性の声がしました。彼女は、『近所の子よぉ~!』と男性に言い返します。
『待ってたの~?』と心配そうに聞かれてしまい、『そうでもないよ。さっき来たところ…。』と照れくさくて返します。
見知らぬ男性に見られ、佐久間さんの心配そうな顔を見せられてしまった僕は、『ああ、帰りますから。』とその場を逃げようとしてしまうのです。
しかし、『おりぃ~!おりなさいっ!』と彼女に強く言われてしまいます。
佐久間さんは運転席へと掛け寄りました。眩しいライトに照らされ、二人の姿はこちらからはよく見えません。
大粒の雨が、その会話もかき消してしまいます。それでも、彼女の声は僕の耳に届きました。『この子、この前言ってた私の男~!』って。
『ガチャ。』と運転席の開く音がしました。男性が僕の前に現れたいようです。しかし、その扉はそれ以上は開くことはありませんでした。
佐久間さんの華奢な両手が、開こうとする扉を押さえ付けていたからです。扉は再び閉まり、同時にゆっくりとバックを始めました。
ライトで僕達を照らしながら下がり続け、彼が立ち去ると同時に路地はまた闇へと戻るのです。
佐久間さんが挿していた赤い傘は、逆さを向いていました。男性の車のドアを両手で押さえた時に、手離してしまったのです。
着ていた服も雨でびしょびしょになった彼女ですが、それでもその傘を頭の上へと掲げます。
振り返った佐久間さんが僕に近づき、『入ろ~?寒い寒い。』と言って、僕の手を握り締めてくれるのでした。
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