『ユウ~!』、土曜日の朝10時半、一階から母が僕を呼びます。とっくに起きてはいましたが、お客が来ているのが分かり、一階へ降りられなかったのです。
更に、『彼女が来てるわよぉ~!』と言われ、隣で笑った声が佐久間さんだと分かりました。
『なにぃ~…?』と、わざとめんどくさそうに返事をし、階段を降りていきます。玄関に見えたのは、やはり佐久間さんでした。
『おはよぉ~。よく寝るねぇ~?』とからかわれ、『昨日、ゲームし過ぎた。』とウソをつきます。
母から、『ちょっと早く着替えて、佐久間さんとデートしておいでぇ~。』と言われました。意味が分からず、立ち止まってしまいます。
気付いた母は、『ウソ、ウソ。ちょっと、お墓まで乗せて行ってあげぇ~。』と言い直しました。確かに『彼岸』、うちの墓も昨日の朝に行ったばかりです。
『お墓、どっちの方?』と聞くと、『高等学校の方。』と言われ、すぐに場所が分かります。ここから、20分程度のところです。
僕は急いで着替えをし、玄関へと向かいます。そこである光景を目にします。『いいよ~!こっちがお願いするんだから~!』と佐久間さんが言っています。
母は、『帰りに何か食べさせてやって~。』と言い、お昼ごはんのお金を渡しているようです。結局、『これ。』と言って、僕のポケットに入れられました。しかし、このお金が使われることはありませんでした。
佐久間さんを助手席に乗せ、車は走り出しました。土曜日の休日の少ない交通量、そして信号にも恵まれ、予定より5分も早く到着をしてしまいます。
柄杓を突っ込んだバケツを持ち、佐久間さんのお墓を目指します。そして着いたのは、とても大きなお墓です。
我が家の3倍はあろうかという、大きなお墓でした。戦没者もいそう感じですが、そこにある男性の名前を見付けます。
明らかに他とは違う新しい刻まれ方をしていて、『ご主人さんですか?』と聞いてみます。『そう。6年前に亡くなったのよぉ。』と言われました。
バケツの水で、コップや花入れが洗われます。おかげでお墓を洗う水がなくなり、『汲んできます!』と僕は再び下まで降りていくことになるのです。
水の汲まれたバケツが到着をします。すでに花入れに新しい花は飾られ、ロウソクにも炎が灯っています。
『ありがとう。』とバケツを受け取った佐久間さんは、『パパぁ~?みんなと仲良くしてねぇ~?』と声を掛けながら、お墓に水を掛けていました。
彼女のそんな一面を見せられ、僕も優しい気持ちにさせられてしまうのでした。
佐久間さんの手が合わせ終わり、『ありがとねぇ~。さぉ~、ごはん食べに行こかぁ~。』と元気な声が戻って来ました。
僕は『なに食べます~?』と聞きながら、彼女からバケツを取り上げます。『なんでも~。』と言って、足を進め始めた彼女。
しかし、何も持っていないのが余計にバランスを悪くしているのか、とても慎重に足を進めます。おばさんには、この坂道は大変そうです。
僕は勇気を持って、『ほらぁ~。』と言って手を差し出します。てっきり、『いいわよ。』と断られるかと思っていました。
しかし、『ありがと。』と素直に僕の手を握って来たのです。坂道は登るより、下る方が大変でした。
僕でさえ、少しバランスを崩し掛けたりします。何度も立ち止まっては彼女と身体が触れ、それを繰り返しながら、ようやく降りて来たのです。
握られた手は、先にある駐車場まで離れることはありませんでした。
ここまで来れば、きっと旦那さんにも見えてないでしょう。
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