丸められたティッシュは佐久間さんの手から離れ、ゴミ箱へと落とされました。指を匂うと、僅かについてしまった愛液の香りがしています。
彼女はシーツに一度擦り付けると、タンスの中から出してきた新しい下着を身に付け始めました。選んだのは、『黒』の下着です。
わざわざ黒い下着にしたのは、この先僕とどうなるかは分かりませんが、もしまた濡れてしまった時に少しでもカムフラージュが出来ると判断したからです。
下着を身に付け、鏡の前で洋服が整えられます。そして、手にはブランド物のバッグが持たれるのでした。
『かっこいい~。キマってるぅ~。』、部屋から現れた佐久間さんを見て、素直にそう思ってしまいます。
ここ一番でしか洋服を着こなさない母と、普段から気を使っている彼女をどこか比べてもしまうのです。
『行こうかぁ~。』、佐久間さんはそう言うと、リビングには入らず、そのまま玄関へと向かいました。僕も後を追い、出掛ける準備を始めるのです。
玄関では、大きめの下駄箱からハイヒールが取り出されていて、価値のわからない僕でも、それが高いものだと分かります。
彼女のハイヒールは、寂れた僕のスニーカーの隣に置かれ、どこか恥ずかしくもなってしまいます。
車に乗り込みました。すぐに、『どこ行こうかぁ~!』とデート慣れしたように、彼女が僕に聞いてきます。
僕は彼女から視線をはずし、『どこ行きますかぁ~!』と元気に答えました。しかし、これは完全にカラ元気。
余所行きの洋服を着込み、僅かな短時間でお化粧まで施して来た佐久間さんを凝視出来なかったです。
『近所の普通のおばさん。』、それが唯一の心の支えだっただけに、もろくも崩れ去ったことで僕の心には『緊張』という文字が灯ってしまうのです。
僕の運転する車は、山道を上へ上へと掛け上がっていました。カーブでは、助手席の彼女に負担を掛けないよう、気を使った運転が要求されます。
かなり上まであがってくると、そこには公園が見えて来ました。他の車も数台あり、デートスポットなのかも知れません。
公園には案内板が表示されていて、中央には大きく青い池が見えました。。そう、ここはダム。僕たちは、ダムまで上がって来ていたのです。
車を降り、公園を歩いて通り過ぎます。すぐにコンクリートの塀と人工的な柵が現れ、その先に大きな池とダムが見えて来るのです。
遊歩道を進んでいくと、向こうから帰ってくる数組のカップルとすれ違います。20歳過ぎの僕と60歳後半の佐久間さんとのカップル。
みなさんには、どう見えているのでしょうか?
ダムが近づいて来ました。そこには他のカップルの姿はなく、先程すれ違った方達が最後だったようです。
おかげで佐久間さんもリラックス出来たのか、『やっぱり寒いねぇ~。』と、ここに僕を連れて来てしまったことを後悔しているようです。
後悔している彼女を思い、『ほんとやねぇ!』と逆にからかうように答えてあげるのです。山の上、ダム、寒いに決まってます。
佐久間さんは僕の返事には何も答えず、柵に指を掛けてダムを見始めました。細い指が柵に食い込んで、それでもせっかく来たダムを眺めているようです。
僕も同じようなポーズを取り、興味もないのにダムに目を向けます。もちろん、それは魂胆があってのこと。
わざと彼女のそばに立ち、腰と腰が当たるほどの距離で立ちます。それには彼女も気がつきますが、言葉にはしませんでした、
『フッ…。』、佐久間さんの口から呆れたような笑い声が上がったのは、2分後のことでした。更に、『痛いぃ~。』と甘えたような言葉が続きます。
柵を握っていた彼女の右手を、僕の左手が上から包むように握ったからです。彼女は、『おばちゃんなんよぉ~。』と僕をからかって来ます。
しかしそんな言葉が、逆に男を興奮させてしまうことを、彼女は経験から知っていたのかも知れません。僕も、それに騙されてしまう一人となっていました。
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