時計を見ると、朝6時前でした。普段なら、まだ一時間半は寝ているはずの僕が、目を覚まします。外からは、ヒソヒソと話をする方の声がしていました。
窓を開けると、真正面には臨時のゴミ置き場が設置をされていて、今日がゴミ出しの日であることがわかります。
前回と同じように、ゴミ当番の方以外に、町内会長さんと佐久間さんの姿が見えました。やはり彼女は、毎回お手伝いに出てきているようです。
朝早くだというのにきれいな服装をしていて、普段からそう言ったことにも気を使われていることがわかります。
ボォ~っと見ていたせいでしょうか、一人の女性が僕に手を振ってくれていることに、気がつくのが少し遅れてました。
僕に気づいた佐久間さんでした。慌てて手を振り返そうとしましたが、他の方の手前、さすがにそれはやめます。
彼女は4~5歩こちらに歩を進め、『おはよぉ~!もう起きてるのぉ~?』と言い、乾いた朝の町内に彼女の声が響き渡ります。
まわりにいた方に見られたのも照れくさく、『今起きた。頑張ってください。』と言うのが精一杯で、すぐに窓を閉めてしまうのでした。
早起きしてしまったため、トイレがガマン出来ずに一旦トイレへと向かおうと部屋を出ます。そこに香って来たのは、モーニングコーヒーの匂い。
母ももう起きているようです。階段を降りると、『ちょうどよかったわぁ。これ持っていってぇ~。』と母に言われます。
そこには、ゴミ当番の方に出すために、4杯のコーヒーがそそがれていました。母は毎回、みなさんに差し入れを出しているのです。
急いで仕事着を羽織り、お盆に乗せられたコーヒーを持って家を出ました。
『おはようっ!』、口々に朝の挨拶が投げ掛けられます。その度に、みなさんに『おはようございます。ご苦労様です。』と笑顔で返していくのです。
少し前の僕なら、考えられなかった行動でした。『ありがとぉ~。』と言って、お盆から次々とコーヒーカップが抜かれていきます。
最初に取ったのは、佐久間さんでした。『お兄さんは、それ?』と言われ、急遽僕用に用意をされた缶コーヒーに指を指されました。
『ああ、これ僕用~。』と言って手に取りますが、全くの常温。息子の僕には、こんなものです。
6時をまわり、ゴミを運んでくる方の姿も増えて来ます。当番の方が近づき、分別を確認するおばさん達の姿が見ていました。
それを見て、『手伝わなきゃ。』と思ってしまった僕は、足を向かわせます。しかし、その身体が止まります。
振り返ると、僕の作業着が伸び、そこには佐久間さんの手があったのです。『みんなの仕事。あなたのお仕事じゃないよ?』と声を掛けられたのです。
『はい。』と言って、出しゃばるをやめ、その場でたたずむことにします。
僕の隣には、佐久間さんがいました。特に何かを話すわけでもなく、ただゴミ出しの状況を見ているのです。
彼女とのその距離が寄り添っているようにとても近く、どこか彼女を意識してしまいます。
『土曜日、息子さん帰って来てたぁ~?』、この状況に耐えきれず、不意に聞いてしまった質問でした。しかし、聞いた本人が後悔をするのです。
『やべっ!家の前に行ったことバレた。』、とてもマズい質問でした。『土曜日?』、佐久間さんが考え始め、どっちにしてもその答えが気になります。
『ああ、親戚が来てたのよぉ~。』と言われ、少し安心をしますが、『どうして知ってるの~?』とやはりそう聞かれてしまいます。
『ああ、道から大きな車が見えたから…。』と言ってごまかしました。真っ暗な夜8時、外灯の少ない彼女の家の前が道から見えるはずがありません。
『心配してくれたの…?』、ゴミ当番の方を見ている佐久間さんが、囁くように僕に言いました。『ちょっと…。』、僕は本心を言ってしまいます。
更に、『男の人かと思った…?』と聞かれ、『ちょっと…。』と同じ言葉で返すのです。
それから15分近く、二人から会話が消えました。お互いに、いろんなことが頭の中を駆けめぐっていたからです。
そして、『頑張ってください。』と言って声を掛け、飲んでくれたコーヒーカップを持って家に帰るのです。
『佐久間さん、僕のこと少し意識してくれているのかも。』、そんなことがわかった朝でした。
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